こんばんは!( ´ ▽ ` )ノ
2026年1月12日。
3連休の最終日、今日は街中で振袖や袴姿の新成人の方々をたくさん見かけました。
色鮮やかな着物で賑やかに歩いている姿を見ると、なんだかこっちまで背筋が伸びるというか、「あぁ、おめでたいなぁ」って温かい気持ちになりますよね。
最近の成人式って、どうなんでしょう?
僕らの頃に比べて、もっと落ち着いた雰囲気なのかな。それとも、もっとド派手に盛り上がっているのかな(笑)
正直、自分の時の記憶はもうおぼろげなんですけど…
ま、でも、今あらためて思うのは、ああいう節目の儀式が人生にあることの、本当の意味についてです。
儀式があるから、心に区切りがつく
「二十歳になったからって、急に何かが変わるわけじゃない」
そんな風に言う人もいるけれど、僕はやっぱり、儀式って大切だなと思うんです。
ただカレンダーの数字が変わるだけじゃなくてね。
一生に一度しかないその瞬間のために、背筋を伸ばして、いつもと違う格好をして、お祝いの言葉をもらう。
あっちが立たなかったり、こっちが立たなかったりする理不尽な日常の中でも、こういう強い節目がバシッと打ち込まれることで、僕たちの心には「ここからは新しいステージなんだ」っていう、目に見えない区切りが生まれます(^-^)v
これ、前にお話しした「フロー体験」や「時間の構造」にも通じるんですけど、日常という同じ景色の連続に、あえて大きな違和感という非日常をぶつけることで、人生に奥行きが出るんですよね(о´∀`о)
荒波を越えるためのお守り
僕もここ数日、ハードな波の中にいたけれど(笑) そんな時も、過去に自分が経験してきた節目の記憶が、どこかでお守りになってくれていたりします。
「あの時、あんなに祝福されてスタートしたんだから」
「あの決意を、まだ忘れていないから」
そういう心の拠り所があるだけで、どんなにハードな毎日でも、「よし、もう一回笑えるように頑張ろう」って思える。
成人式って、未来の自分に、勇気を予約しておく、素敵な儀式なのかもしれませんね(๑>◡<๑)
2026年、僕たちの新しい節目
新成人のみなさんはもちろん、そうじゃない僕たちにとっても、1月はやっぱり大きな節目。
成人式の晴れ姿を見送りながら、僕自身も「2026年、ここからどんな景色を作っていこうかな」って、背筋をピンと伸ばし直した一日でした。
ハードなことはあるけれど、それも全部、未来の僕らが笑い飛ばすためのストーリーの一部。
今夜は、新成人の門出を心の中でこっそりお祝いしつつ、自分自身の「これから」にも、ワクワクの火を灯してみませんか?( ´ ▽ ` )ノ
それじゃあ、3連休明けの明日も、はぴるんな一日にしていきましょう!
温かくして、ゆっくり休んでくださいね。
おやすみなさい。