マンボー(まん延防止法)のために、会場が早く閉鎖されるため、2時間程度しかできませんでした。
現在の一番の着眼点は、思考がわいてくる瞬間をとらえることです。
これができると、自分の判断がどの時点で行われているかが分かるそうです。
ただ、雑念がわいてくる瞬間と、五感がその刺激を受け取ったという脳の反応がわく瞬間とは異なるのではないかと思います。
それは、雑念がわいてくる瞬間のトリガーが明らかではないからです。
ヒラメキなども雑念に入ると思いますが、これは何によってわいてくるのかわかりませんよね。
もしかしたら、神様が授けてくれたのかもしれませんし、潜在意識から湧いてきたのかもしれません。
現在歩く瞑想をしています。
これは、脳が何も考えていないときのみ歩を進めるというものです。
これの問題点は、止まっている時間に対して、歩を進められる時願が圧倒時に少ないということです。
つまり、止まっているときに、五感の刺激を受けていたとして、それが雑念の刺激に代わってもその瞬間をとらえる練習にならないということです。
私は、ここが問題点だと思い、ラベリングによって五感の刺激か雑念の刺激がを分けることを提唱してみました。
指導者の答えはまだいただいていないです。
それで、実際にラベリングをしてみました。
具体的には、雑念がわいたときに、「雑念がわいた」とここらの中で思うことと、
雑念が止まったときに「雑念が止まった」と心の中で思うことをしてみました。
結論をいうと、両方ともうまくいなかったです。
理由はちょっとよく覚えていません。
たぶん、「雑念が止まった」「わいた」という思考が入ることにより、感覚⇔雑念の判断にブレが生ずることと思います。
そこで、雑念がわいたときにのみ、止まるとしてやってみました。
これについても、感覚が鋭敏になりすぎて、歩を動かすときに、「足をうごかすゾー」という感情がわいてきてしまいます。
そうすると、湧いてきている雑念と混じってしまうことが分かりました。
私は、雑念がわく瞬間をとらえるのが上手なような感じもしていましたが、鋭敏なときとそうでないときがあるようです。
どこで分けるかということも、体験によって適当なところを判断していくのかと思います。
料理で言えば、いつも同じ塩加減の物を作れるということでしょうか。