瞑想のキモは何だと思いますか?
私は、最終的には心が肉体から離れてどっかにいってしまうことだと思っていました。
これは、ヨクマダという称号を得た人の本を一読して、感じたことです。
よく、学校の授業中にぼーっとして心ここにあらずのようなことになったことがあります。
このような状態と思っていました。
しかし、指導者に聞いてみると、瞑想ができているかいないかについてては集中しているか否かということらしいです。
集中している対象は心の内部です。
もし雑念がわいてきているときは、その雑念を観察することに対して集中しなさいと習いました。
痒みや、音などの外部からの刺激については、それを観察することに集中するようです。
初心者なので歩く瞑想ということをしていますが、何もなかった場合は、歩くことに集中するようです。
誤ってとらえている可能性もありますが、集中する対象があれば何でもよいような感じです。
でも、一番困るのが、外乱です。
指導者が言うには、集中すれば、外乱も気にならなくなるとのことです。
これは一理あります。
しかし、ぼーっとしていても、外乱は気になりません。
私も、ぼーっとして授業中に重要なことを聞き漏らしたものです。
もし、集中するものがあればよいというのであれば、外乱は発生しないようにした方がよいです。
外乱の刺激というのは、神経を伝わってくる脳への刺激です。
だから、雑念と比べて、瞑想を邪魔する度合いが非常に大きいと考えられます。
相当の熟達者でも、瞑想中にどこかを切られれは痛いと感じるはずです。
つまり、程度問題ということです。
だから、このような手ごわい相手と戦う必要は、初心者には無いような気がします。
現在の私にとって、よくある外乱は、痒みです。
痒みは、掻くとなくなるのですが、これは仕組みがよくわかっていません。
掻くことによって、報酬系のホルモンがでて、痒みをマスクするのだと推測しています。
だから、瞑想中に痒みが起こったら、すぐ掻いてしまうか、かゆみ止めを塗ってしまおうと思います。
何事も簡単なことからです。