- サービスを探す
- プロ人材を探す
- ノウハウ・素材を探す
- ブログを探す
- 仕事・求人を投稿して募集
- エージェントに人材を紹介してもらう
- 出品する
- 単発の仕事を探す
- 継続 (時給/月給) の仕事を探す
- エージェントに仕事を紹介してもらう
- PRO認定
- 人気のご利用シーン
- コンテンツ
弁護士検索・法律Q&A(法律相談)
現役面接官の模擬面接 10,000円〜
現役人事コンサルのキャリア相談 10,000円〜
売れる営業コーチング 10,000円〜
職場の人間関係のお悩み相談 10,000円〜
人間関係のお悩み相談 10,000円〜
採用相談 10,000円〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━...
コンサルタント / 組織・人事コンサルタント 経験年数 : 3年
経営・マネジメント / 経営者・CEO・COO 経験年数 : 3年
人事 / 新卒採用 経験年数 : 20年
Excel 経験年数 : 20年
Google スプレッドシート 経験年数 : 15年
Google スライド 経験年数 : 15年
Google ドキュメント 経験年数 : 15年
PowerPoint 経験年数 : 20年
Word 経験年数 : 20年
「初対面でも話しやすい」と言われる安心感 経験年数:40年
否定せず、まずは丸ごと受け止める「心の器」の広さ 経験年数:40年
モヤモヤした悩みを、スッキリした「答え」に変える力 経験年数:40年
・現役面接官の模擬面接 10,000円〜
「面接官の心を掴む!内定への最短距離をサポート」 〇企業研究に基づいた、最適な回答を作成 〇面接官の質問に的確に答え、好印象を与える練習 〇非言語コミュニケーションの指導で、自信を持って面接に臨める あなたが不採用になる理由を教えます。 現役面接官であり、元人事責任者のプロ目線で、あなただけの面接シナリオを作成し、実践的な模擬面接を行います。
・現役人事コンサルのキャリア相談 10,000円〜
「このまま今の会社にいていいの?」そんな不安を抱えていませんか? 〇自分の強みが分からず将来が不安 〇今の職場で正当に評価されていない 〇転職か残留か、客観的な意見が欲しい 〇キャリアの正解が見えず焦っている HR歴20年、数千人以上の人生に向き合ってきたプロの視点で、あなたの武器を言語化します。しがらみのない本音の壁打ちで、納得できる未来を共に描き出しましょう。
・売れる営業コーチング 10,000円〜
「売れない苦しさを、一人で抱え込んでいませんか?」 〇 営業目標の数字を見るのが、毎朝苦痛でたまらない 〇 「断られること」への恐怖で、受話器が重く感じる 〇 自分なりに頑張っているのに、なぜか成約に結びつかない 〇 自分の営業スタイルが確立できず、自信を失っている 営業で大事なのは「気合」や「根性」ではありません。ちょっとした「コツ」を知るだけで、結果は驚くほど変わります。
・職場の人間関係のお悩み相談 10,000円〜
「もう職場に行きたくない…」 そんな風に思っていませんか? 〇上司や同僚との人間関係がうまくいかない 〇チームワークが上手くいかず、孤立している気がする 〇職場でのストレスが原因で体調を崩してしまった 〇いじめにあっている気がする これらの悩み、一人で抱え込まずに、ご相談ください。 あなたの状況に合わせて、具体的な解決策を一緒に考え、実行に移せるようサポートします。
・人間関係のお悩み相談 10,000円〜
「誰にも言えず、心が限界ではありませんか?」 〇家族や友人との距離感に悩んでいる 〇人間関係がうまくいかず自分を責めてしまう 〇期待に応えようと自分を押し殺している 〇否定されるのが怖くて本音が言えない これまで事業部長・人事責任者として、数千人以上の葛藤に向き合ってきました。利害関係のない第三者だからこそ話せる本音があります。心に寄り添い、歩むべき道を共に探します。
・採用相談 10,000円〜
採用のお悩みプロに相談しませんか? 〇応募が来ず困っている 〇選考の歩留まりが悪い 〇面接の評価基準が不明 〇採用コストを抑えたい HR歴20年元人事責任者の「職人技」で採用を成功へのご提案をします。
メンタルヘルスマネジメント検定 取得年 : 2009年
普通自動車第一種運転免許 取得年 : 2005年
大手広告代理店 2003年5月 〜 2015年6月
・HR事業部 / 事業部長 / 法人営業・キャリアアドバイザー(CA)・リクルーティングアドバイザー(RA)・事業企画・事業開発・中途採用・人材開発・人材育成・研修 2003年5月 〜 2015年6月
・経営戦略に基づいた採用戦略の立案・実行 ・主要求人メディアを活用した多角的な提案 ・採用ブランディングと多角的な広告戦略 ・事業成長を牽引する売上目標の設定・実績管理 ・組織パフォーマンスを最大化する行動・計数管理: ・自社組織の強化に向けた採用面接および教育研修 ・ビジネスパートナーとの戦略的交渉 ●「スーツなんて着たくない」——そんな生意気な学生でした 大学4年生にもなれば、誰もが当たり前のようにリクルートスーツに袖を通して、必死に内定を追いかけていました。 有名企業の内定をいくつ持っているかが、まるでステータスのように語られていた時代。「銀行か、商社か、それとも大手メーカーか」——居酒屋に集まれば、話題はいつもそんな話ばかりでした。 でも、私はといえば……まったく動きませんでした(笑)。 「サラリーマンにだけは、絶対になりたくない」 今思えば、小学生みたいな反発心です。でも、それが心のどこかにずっと居座っていたんです。決まった時間に出社して、上司の顔色をうかがって、組織の歯車として自分を押し殺す——そんな未来を想像するだけで、背筋がゾクッとするような感覚がありました。 満員電車に揺られるサラリーマンの群れを駅で見かけるたびに、「ああはなりたくない」と思っていました。生意気で、世間知らずで、自分は何か特別な存在だと勘違いしていた——本当に恥ずかしい話です。 だから、周りが次々と内定の報告をしてくる中でも、私は最後の最後まで一人で遊び回っていました。麻雀、バイト、夜更かし、当てもない一人旅。バックパックを背負って、行き先も決めずに夜行列車に飛び乗ったこともありました。「自由でいたい」という気持ちだけは、誰よりも強く持っていたと思います。 両親からは何度も「お前、本当に大丈夫なのか?」と心配されました。でも、当の本人はどこ吹く風。「なんとかなるさ」と、根拠のない自信だけは一人前でした。 ところが、卒業の足音が本格的に聞こえてくる頃になって、さすがに焦りが出てきました。同級生たちが内定先の話で盛り上がる中、自分だけが取り残されていく感覚。あの頃の不安は、今でもうっすらと覚えています。 「まあ、社会勉強くらいはしておくか」 半ばあきらめのような、それでいてどこか期待もあるような、そんな複雑な気持ちでようやく重い腰を上げました。そしてご縁があって飛び込んだのが、広告代理店という、エネルギーがいつも爆発しているような世界だったんです。 最初に会社の扉を開けた瞬間のことを、今でも覚えています。電話の音、人の声、コピー機の作動音、印刷物の匂い——その全部が混ざり合って、なんとも言えない熱気を作り出していました。 ●毎週が締め切り。戦場のような現場で出会った「言葉」 「お前は身軽そうだし、フットワークも軽そうだ。営業向きだな!」 入社して間もなく、上司から放たれた一言で、私の配属はあっさり決まりました。本当は編集の仕事に憧れていたのですが、与えられたのは数字がすべてを物語る営業の現場。担当は求人広告でした。 「話が違う」と心の中で文句を言いながらも、口に出す勇気はありませんでした。新入社員にとって、上司の言葉は絶対だった時代です。 求人広告というのは、とにかくスピード勝負の世界です。毎週訪れる「締め切り」は、本当に戦場のようなもので、ただ目の前の仕事を必死にこなす毎日でした。 クライアントに怒鳴られて、先輩に怒鳴られて、自分にも腹を立てて——家に帰る頃には、心も体もボロボロ。「やっぱりサラリーマンなんて向いてないんだ」と、本気で辞めようと思った夜が何度もありました。 でも、そんな中で出会った先輩たちが、本当にすごい人ばかりだったんです。 口は悪いけど面倒見がよくて、お酒を飲みながら仕事の本質を語ってくれる人。クライアントの前ではビシッと決めるのに、裏では新人の私の話に何時間でも耳を傾けてくれる人。失敗して落ち込んでいる時に、何も言わずに肩をポンと叩いて、缶コーヒーを差し入れてくれる人。 みんな個性的で、みんな仕事を心から愛していて、そして何より、人としての温度がありました。「ああ、こんな大人になりたい」——彼らの背中を見ながら、そう思うようになっていったんです。 ある日のこと。一人の先輩が、誰もいない深夜のオフィスで、こっそり教えてくれたんです。営業で結果を出すための「方法」を。 時計の針は深夜2時を回っていたでしょうか。先輩はぽつりとこう言いました。 「お前なぁ、営業ってのはな、売り込むことじゃないんだよ」 それは、テクニックの本に書いてあるような難しいものではありませんでした。 「相手が本当に困っていることを、誰よりも早く見つけてあげる。そして、それを優しい言葉で伝えてあげる。たったそれだけでいい。商品なんてのは、その後についてくるオマケみたいなもんだ」 最初は、「え、それだけ?」と拍子抜けしました。でも、騙されたと思って実践してみたんです。 商談の場では売り込もうとせず、まず相手の話を徹底的に聴く。「採用がうまくいっていない」という表面的な悩みの奥にある、「経営者としての本当の不安」を探る。そして、それを自分の言葉で言い換えて、相手に返してあげる。 そう問いかけると、それまで腕を組んでいた経営者の方が、ふっと表情を緩めて、本音を語り始めてくれる——そんな場面に何度も出会いました。 すると、不思議なことが起こりました。 それまでなかなか取れなかった契約が、少しずつ決まり始めたんです。それも、こちらから無理に押し込んだものではなく、お客さんの方から「ぜひお願いします」「あなたに任せたい」と言ってもらえる契約が。 その年、私は社内の新人賞をいただくことができました。表彰状を受け取った時の、あの先輩の誇らしげな顔は、今でも忘れられません。 あのとき学んだ「言葉ひとつで、人の心は動く」という感覚。「相手の心に寄り添うことが、結局は一番の近道なんだ」という気づき。それは20年以上経った今でも、私にとって何物にも代えがたい宝物です。 ●会社に行くのが「遊園地」みたいに楽しかった日々 当時の職場は、本当に最高でした。 仲間と一緒に汗をかいて、夜は安い居酒屋でバカな話をして、目標を達成したらみんなで肩を組んで笑う。失敗したら一緒に落ち込んで、お互いに励まし合って、次の日にはまた笑いながら立ち上がる。 会社に行くのが、まるで遊園地に出かけるみたいにワクワクしていた——そう言っても、決して誇張ではないと思います。 朝、駅に向かう足取りが軽い。同僚と顔を合わせるのが嬉しい。新しい企画を考えるのが楽しい。クライアントに提案するのが待ちきれない。週末が来ると「早く月曜日にならないかな」と思ってしまうくらい、仕事に夢中になっていました。 休日に同期と集まっても、結局は仕事の話で盛り上がる。「次はこんな企画をやりたい」「あのクライアントにはこういう提案をしたい」——そんな話をしながら、夜が更けていく。 あの頃の私は、間違いなく「仕事を心から楽しんでいる人間」でした。お金や肩書きのためではなく、ただ「面白いから」「人の役に立つのが嬉しいから」という純粋な動機で、毎日を過ごしていました。 でも、時間というのは残酷なもので、状況は少しずつ、でも確実に変わっていきました。 会社の規模が大きくなり、組織が整備され、新しい部署が次々に生まれ、そして私自身の立場も変わっていく中で、現場の空気がじわじわと変わっていきました。 上からの命令は絶対。現場の声は会議室まで届かない。仲間たちは、まるで将棋の駒のように動かされていく。役員会議では、現場の苦労も顧客の顔も知らない人たちが、エクセルの数字だけを見て判断を下していく。 「今月の売上目標、未達ですね。来月は120%でお願いします」 そんな冷たい言葉が、当たり前のように飛び交う日常。かつて熱を持っていた言葉が、いつの間にか温度を失っていく感覚。 「あれ?私がやりたかったのは、こんなことだっけ?」 最初は本当に小さな違和感でした。気のせいかもしれない、自分が疲れているだけかもしれない、と何度も自分に言い聞かせました。でも、その違和感は日に日に大きくなり、気づけば胸の奥でずっとくすぶり続けていました。 部下を持つ立場になると、その違和感はさらに強くなりました。自分が上から受けたプレッシャーを、今度は自分が部下に伝えなければならない。「数字を作れ」「結果を出せ」——かつて自分が言われて嫌だった言葉を、自分の口から発している。 鏡に映る自分が、だんだん知らない誰かに見えてくる。そんな感覚が、確実に強まっていったんです。 ●朝6時起きの毎日で気づいた、本当の「ワクワク」 気がつけば、毎朝6時前に家を出て、終電で帰るのが当たり前の生活になっていました。 家族の寝顔しか見られない日々。子どもの成長する瞬間を、いくつも見逃しました。妻との会話も、業務連絡のような短いやり取りばかり。 休日も頭の中は仕事のことでいっぱいで、家族と公園に行っても上の空。子どもに「パパ、聞いてる?」と何度も言わせてしまう。そのたびに「ごめん」と謝るのに、また同じことを繰り返してしまう。 鏡に映る自分の顔は、目の下に深いクマを作り、口角が下がり、笑顔を忘れた、疲れ切った中年男性のものでした。 かつて、遊園地に向かうみたいにワクワクしながら出社していた、あの自分はどこへ行ってしまったんだろう——。 ある朝のことです。いつものように身支度をして玄関を出ようとした時、ふと足が止まりました。 ドアノブに手をかけたまま、しばらく動けなくなったんです。 「自分を殺してまで、この場所にしがみつかなきゃいけないのか?」 「目の前の人の力になりたい、言葉で誰かを笑顔にしたい——そう思って始めた仕事じゃなかったのか?」 「あの先輩が深夜のオフィスで教えてくれた『魔法の言葉』を、私は今、ちゃんと使えているのか?」 問いかけた瞬間、答えは驚くほどあっさり、心の奥から返ってきました。 「もう、十分だ」 その日、私は長年慣れ親しんだ組織の看板を、思い切って脱ぎ捨てる決意をしました。 肩書きや安定した給料、過去に積み上げてきたキャリア、社内での人間関係——失うものは確かにたくさんありました。周りからは「もったいない」「今さら何をやるんだ」「家族のことを考えろ」と、たくさんの声をかけられました。心配してくれる人ほど、強い言葉で引き止めてくれました。 退職届を出した日、上司から「お前、後悔するぞ」と言われたことを覚えています。でも、不思議と恐怖はありませんでした。むしろ、心の中に久しぶりに、爽やかな風が吹き抜けたような感覚があったんです。 会社を出て、夕暮れの街を歩きながら、ふと空を見上げました。オレンジ色に染まる空が、やけに綺麗に見えました。「ああ、今まで、空を見上げる余裕すらなかったんだな」——そんなことを、ぼんやりと考えていました。 それでも、前に進むことを選びました。 もっと等身大の自分で。もっと目の前の人と、ちゃんと向き合える距離感で。組織のロジックではなく、一人の人間としての温度で、誰かの力になれる生き方をしよう——そう決めたんです。 あの先輩が教えてくれた「相手の本当の困りごとを、誰よりも早く見つけてあげる」——その原点に、もう一度立ち返るために。 ようやく、本当の意味での「自分の人生」が始まった——そんな気がした、忘れられない一日でした。
技術系アウトソーシング 2016年2月 〜 2024年3月
・人事部 / 主任 / 新卒採用・中途採用・制度企画・組織開発・評価・報酬・人材開発・人材育成・研修 2016年2月 〜 2024年3月
・採用戦略の立案・実行(経営・組織設計) ・ターゲット(ペルソナ)の定義と詳細設計 ・採用コストの最適化 ・経営層への意思決定支援 ・母集団形成と流入経路の最適化 ・マルチチャネルによる経路開拓 ・エージェント・リレーションの強化 ・リファラル採用の制度設計と文化定着 ・タレントプールの構築 ・スカウトメールによるダイレクトソーシング ・データに基づく返信率の改善 ・カジュアル面談への誘導設計 ・採用ブランディングと広告戦略 ・スマホ環境に最適化した求人票管理 ・採用ピッチ資料の企画・制作 ・選考プロセスの最適化と歩留まり改善 ・全選考ステップの数値化と分析 ・面接官トレーニング ・候補者体験の設計 ・内定承諾に向けたクロージング支援 ●「ここなら、自分の力を試せるかもしれない」——そう思って飛び込んだ世界 広告代理店という、ある意味で華やかな世界から一歩外に出た私が次に身を置いたのは、自社開発も行っている技術系のアウトソーシング会社でした。 エンジニアを企業に派遣したり、技術者の育成や紹介を手がけたり——いわゆる「人」を扱うビジネスです。広告の世界で「言葉で人の心を動かす」ことを学んできた私にとって、今度は「人そのものの未来を動かす」仕事になる。これはきっと面白い挑戦になるぞ、と胸を躍らせていました。 入社時に提示されたポジションは、平社員。前職では事業部長として現場を率いてきた経験を買われての採用でした。 「採用も研修も、評価制度も、将来的には全てお任せします。好きにやってください」 経営陣からそう言われた時は、正直ワクワクしました。広告代理店時代に「組織の歯車として扱われる息苦しさ」を散々味わってきた私にとって、これは絶好のリベンジマッチ。「現場が本当に喜ぶ人事制度」を、ゼロから自分の手で作れるチャンスだと思ったんです。 でも、実際に蓋を開けてみると——そこは想像をはるかに超える「荒野」でした。 ●入社して気づいた、不穏な「人の入れ替わり」 おかしいな、と感じ始めたのは、入社して間もない頃でした。 私が直属の上司として最初に挨拶を交わした課長が、わずか数ヶ月で会社を去ったんです。「一身上の都合で」とだけ告げられ、引き継ぎもほとんどないまま、後任の課長が着任しました。 ところが、その後任の課長もまた、1年と経たないうちに姿を消しました。 入社してから、課長が二人も入れ替わる——普通の会社では、まず考えられないことです。中堅以上のポジションがこれだけ短期間で変わるというのは、組織の中に、よほど深刻な何かが潜んでいる証拠です。 「この会社、何かがおかしい」 直感的にそう感じましたが、当時の私はまだ、その「何か」の正体を掴みきれていませんでした。後になって振り返ると、これは私がこれから遭遇する数々の問題の、いわば「予告編」のようなものだったんです。 ●ボロボロの採用現場。書類は山積み、応募者は放置 初出社の日、人事部のドアを開けて目に飛び込んできたのは、机の上に乱雑に積み上がった応募書類の山でした。 「これ、いつのものですか?」 担当者に聞くと、申し訳なさそうな顔で答えが返ってきました。 「あ……たぶん、3週間くらい前のものから入ってます」 絶句しました。 応募者の方々は、勇気を出して履歴書を送ってくれているわけです。それを3週間も放置しているなんて、人として失礼極まりない。「うちは人を大切にする会社です」と言いながら、入り口の段階でこれほど雑な対応をしているなんて、矛盾もいいところです。 採用フローを確認すれば、面接の日程調整は手作業のメール往復で何往復もしている。応募者情報の管理はExcelがバラバラに乱立。面接官ごとに評価基準が違い、「なんとなく良さそう」「フィーリングが合った」という曖昧な判断で合否が決まっている。 内定を出しても辞退率が異常に高く、せっかく入社してくれた人も、半年以内に辞めていく人が後を絶たない。当然、現場の事業部からは「もっと人を採ってくれ」「採用が遅い」という不満が噴出していました。 「これは、もう一度ゼロから組み立て直すしかないな」 私は腹を括って、改革に着手しました。 まず手をつけたのは、応募者対応のスピードです。「応募から24時間以内に必ず返信する」というルールを徹底し、自動返信の仕組みも導入しました。次に、面接の評価基準を明文化。「うちの会社で活躍できる人材とは、どんな人か」を経営陣と何度も議論して言語化し、面接シートに落とし込みました。 採用管理システムも導入し、応募者の情報を一元管理。誰がどの段階にいて、次に誰が何をすべきかが、ひと目で分かる仕組みに変えました。 そして何より力を入れたのが、「内定者フォロー」です。内定を出してから入社までの数ヶ月、定期的に連絡を取り、不安を聴き、社員との交流の場を作る。手間はかかりますが、これをやるかやらないかで、辞退率は劇的に変わります。 半年後、結果はくっきりと数字に表れました。 応募から内定までの期間は、平均40日から15日へ短縮。内定辞退率は60%超から20%以下に。入社後の定着率も大幅に改善し、現場からは「採用の質が上がった」「うちの欲しい人材が来てくれるようになった」という声が次々に届くようになりました。 「やっぱり、丁寧に向き合えば、ちゃんと結果は出る」 広告代理店時代に先輩が教えてくれた「相手の本当の困りごとを、誰よりも早く見つけてあげる」——その教えは、人事の世界でもまったく同じように通用したんです。 ●何もしない役員たち。動かない、決めない、責任を取らない ところが、組織というのは本当に厄介なもので、現場が良くなっていけばいくほど、別の問題が浮き彫りになっていきました。 それは——役員陣の「異常なほどの動かなさ」でした。 「ちょっと外回り」と言って消えていく。会議では発言らしい発言もせず、現場から上がってくる提案には「もう少し検討しよう」「タイミングを見よう」と、判断を先送りするだけ。 「決めない」「動かない」「責任を取らない」——この三拍子が見事に揃っていました。 私が新しい人事制度の提案を持っていっても、返ってくる答えはいつも同じ。 「うーん、前例がないからなぁ」 「他社さんはどうしてるの?」 「もう少し様子を見ようか」 前例がないから、新しい挑戦をするんじゃないのか。他社の真似ばかりして、何が経営なんだ。様子を見ているうちに、優秀な人材はどんどん他社に流れていくんだぞ——。 口に出したい言葉を何度も飲み込みながら、それでも私は粘り強く提案を続けました。データを揃え、根拠を示し、リスクとリターンを整理し、何度も資料を作り直して。 内定を出すこと1つにとっても、承認スピードが異常に長く、営業先が見つかるまで「内定通知」は保留。そうこうしているうちに「応募者からの辞退」が連続。指示に関しても朝令暮改どころか、朝言ったことが昼にはひっくり返り、夕方にはまた変わっている——そんな状態でした。 現場のメンバーは、振り回されてヘトヘトです。「結局どっちなんですか?」と聞かれるたびに、私は心の中で頭を下げながら、「もう少しだけ待って」と言うしかありませんでした。 変化を恐れる風潮も、根深いものがありました。 少しでも新しいことを始めようとすると、「前のやり方で問題ないでしょう」「わざわざ変える必要があるんですか?」という声が、あちこちから上がってくる。本当に問題がないなら、こんなに離職率が高くなっているはずがない。本当に必要がないなら、現場がこんなに疲弊しているはずがない。 でも、そう言うと「現場の声を持ち出すな」「経営判断に口を出すな」と一蹴される。 「この組織は、変わることを心の底から恐れているんだ」 そう気づいた時、背筋が冷たくなったのを覚えています。そして、入社直後に二人の課長が立て続けに辞めていった理由が、ようやく腑に落ちた瞬間でもありました。まともな感覚を持った人間ほど、この組織では長く居られない——そういう構造になっていたんです。 ●部下を泣かせる役員と、ついに直接対決の日 そんな違和感が決定的なものになったのは、ある一人の役員の存在でした。 仮にA役員としておきましょう。この人物は、口を開けば部下を罵倒し、女性社員に対しては、プライベートに踏み込んだ発言をしたりする。典型的なセクハラ・パワハラ役員でした。 私はA役員に、人事責任者として正面から対峙しました。「お前、誰に向かって口を利いてるんだ」と怒鳴り散らしました。 でも、もう私は怖くありませんでした。 組織の中で偉くなるとか、肩書きを守るとか、給料を維持するとか——そんなものは、誰かを守れない自分でいることに比べたら、何の価値もないと心の底から思えたからです。 その日のうちに、私は退職を決意しました。 ●「自分の旗を立てる」という選択 退職を伝えた時、いくつかの会社からお誘いをいただきました。条件の良いオファーもありました。でも、私の心はもう、別の場所を向いていたんです。 組織に属する限り、どこに行っても、規模の差こそあれ、似たような問題はつきまとう。動かない役員、変化を恐れる風潮、見て見ぬふりをされる被害者、まともな人から順に辞めていく構造——これらは、特定の会社の問題ではなく、「組織」というもの自体が抱える宿命みたいなものなんじゃないか。 だったら、もう自分で旗を立てるしかない。 広告代理店で学んだ「言葉で人の心を動かす力」。技術系アウトソーシング会社で培った「人事と組織を作り変える力」。そして、何度も裏切られながら、それでも信じ続けた「人を大切にする」という揺るがない軸。 これらを全部、自分の事業に注ぎ込もう。誰かの顔色をうかがうのではなく、目の前の人のために、自分の責任で、自分の判断で動ける場所を作ろう。 そう決めた瞬間、私の中で長年くすぶっていた違和感は、すっと消えていきました。 代わりに胸に灯ったのは、あの広告代理店の新人時代に感じた、純粋な「ワクワク」。 「明日からは、自分の足で立つ。自分の言葉で語る。自分の責任で、誰かの力になる」 そう心に決めて、私は組織人としての肩書きを、今度こそ完全に脱ぎ捨てたんです。 そこから始まった独立への道は、決して平坦ではありませんでした。
KM3 Creative Studio 2025年2月 〜 現在
・求職者の転職支援、企業の採用支援 / 代表 / キャリアアドバイザー(CA)・リクルーティングアドバイザー(RA)・組織・人事コンサルタント・中途採用・人材開発・人材育成・研修・メディアプランナー 2025年2月 〜 現在
1.法人向けソリューション ・採用代行(RPO)および採用コンサルティング ・採用戦略・戦術設計 ・採用ブランディング・ピッチ資料制作 ・人事制度・評価制度の構築支援 ・各種求人媒体の選定・運用・直接販売 2.個人向けソリューション ・模擬面接サービス・選考対策指導 ・キャリア相談 ・営業コーチング・成果向上支援 ・職場・人間関係の悩み相談 3.WEBサイトの運営、管理 ●「KM3 Creative Studio」——たった一人から始めた、自分の旗 会社を辞めて、私が真っ先にやったこと。それは、自分の事務所を立ち上げることでした。 屋号は「KM3 Creative Studio」。 K:Kakehashi(架け橋) 「企業」と「人」の、最良の縁を繋ぐ架け橋となる。 M3:Three "M" for Humans Motivation| 働く人の意欲を引き出す Mission| 企業の志を言語化する Movement| 組織に新しい動きを作る 派手なロゴも、立派なオフィスも、潤沢な資金もありません。あるのは、これまでの20年以上のキャリアで積み上げてきた経験と、「目の前の人の力になりたい」という、ただそれだけのシンプルな思いです。 「Creative Studio」という言葉に込めたのは、私なりのささやかな決意でした。 採用も、人事も、キャリア支援も——突き詰めれば、すべては「人の人生をどう創造していくか」という、極めてクリエイティブな仕事です。マニュアル通りに事務処理をこなすのではなく、目の前の一人ひとりに合わせて、最適な答えを一緒に作り上げていく。そんな姿勢を、屋号に刻んでおきたかったんです。 広告代理店で学んだ「言葉で人の心を動かす力」、技術系アウトソーシング会社で培った「組織と人事を作り変える力」、そして数々の現場で磨いてきた「人と向き合う力」——これらすべてを注ぎ込んだ事務所として、KM3 Creative Studioはひっそりと、でも確かな覚悟とともに、産声を上げました。 ●なぜ「侍」を掲げるのか——目指したのは、「野武士」のような存在 独立を決めた時、私の中にはひとつの明確なイメージがありました。 それは——「野武士」です。 どこの藩にも属さない。肩書きや看板に守られることはないが、誰かの顔色をうかがう必要もない。理不尽な命令に振り回されず、自分の信じる道だけを突き進む。 組織のしがらみから解放され、どこにも属さない。 けれど、確かな「志」と「専門性」を持って、目の前の一人のために刀を振るう。 そんな「野武士」のような存在でありたい——そう考えたからこそ、小規模のオフィスで侍のアイコンを掲げることを選びました。 立派な看板を背負えば、その分だけ守るものが増え、動きが鈍くなる。社員を抱えれば、その分だけ「組織の論理」が顔を出し始める。それは、私がさんざん見てきた、あの息苦しい世界への逆戻りに他なりません。 身軽でいい。小さくていい。けれど、「誰かを救うための刃」は誰よりも鋭くありたい。 そう自分に言い聞かせて、私は最初の一歩を踏み出しました。 私は孤独ではなく、頼れる仲間がいます。今も仲間は増え続けています。 業種や職種は違えど、様々なクライアントの悩みを解決できる仲間がいるため、小さくても自由に動けています。 ●法人向けソリューション——「採用と人事の伴走者」として 事業の柱として最初に掲げたのは、法人向けのソリューションでした。 長年、人を扱う現場に立ってきて、痛感していたことがあります。それは、多くの中小企業が「採用」や「人事」で本気で悩んでいるのに、その悩みに寄り添ってくれるパートナーが、あまりにも少ないということ。 求人広告会社は、結局のところ「自社メディアや利益率、バックマージンの高い媒体を売る」ことが優先になってしまう。コンサルティング会社は立派な提案書は作ってくれるけれど、現場まで降りて手を動かしてはくれない。その狭間で、経営者や人事担当者が一人で抱え込んでいる——そんなケースを、嫌というほど見てきました。 だからこそ、KM3 Creative Studioでは「現場まで降りて、一緒に汗をかく」というスタンスを貫くことにしました。 具体的に提供しているのは、次のようなサービスです。 ・採用代行(RPO)および採用コンサルティング 応募者対応、面接の日程調整、書類選考、面接同席まで、採用業務をまるごと請け負います。「採用に手が回らない」「社内に採用のプロがいない」——そんな企業の右腕として、実務レベルで動きます。 ・採用戦略・戦術設計 「どんな人を、どこから、どんな手段で採るのか」。この設計図がないまま、なんとなく求人広告を出している会社は本当に多い。市場分析、ペルソナ設計、チャネル選定、KPI設計まで、根っこから組み立て直すお手伝いをしています。 ・採用ブランディング・ピッチ資料制作 求職者に「この会社で働きたい」と思ってもらうためには、会社の魅力をきちんと言葉にして届ける必要があります。広告代理店時代に磨いた「言葉で心を動かす力」が、ここで一番活きる場面です。 ・人事制度・評価制度の構築支援 「頑張っている人がきちんと評価される仕組み」「社員が安心して長く働ける環境」を、企業ごとの実情に合わせてゼロから設計します。 ・各種求人媒体の選定・運用・直接販売 数えきれないほどある求人媒体の中から、その企業に本当に合ったものを選び、効果的に運用する。媒体側との直接取引も可能なので、適正価格でご提供できるのも強みです。 これらすべてに共通しているのは、「丸投げで終わらせない」という姿勢です。提案書を渡して終わり、ではなく、結果が出るまで一緒に走り続ける。それが、KM3 Creative Studioのやり方です。 ●個人向けソリューション——「働く人の隣にいる人」でありたい 法人向けと並んで、もう一つ大切にしているのが、個人の方向けのサービスです。 採用する側の支援だけをしていると、どうしても「会社目線」に偏ってしまう。でも、私がこれまでのキャリアでずっと向き合ってきたのは、就職や転職、職場の悩みに苦しむ「一人ひとりの人間」でした。 その人たちの隣に立てる存在でありたい——そう思って、個人向けのメニューも丁寧に揃えています。 ・模擬面接サービス・選考対策指導 面接は、慣れていないと本当に怖いものです。本番さながらの模擬面接とフィードバックを提供しています。採用側として何百回、何千回と面接してきた経験から、「面接官は何を見ているのか」をリアルにお伝えできます。 ・キャリア相談 「今の仕事を続けるべきか、転職すべきか」「自分の本当にやりたいことが分からない」——人生の岐路に立った時、誰かに本気で話を聴いてもらいたくなる瞬間ってありますよね。答えを押し付けるのではなく、その人自身の中にある答えを、一緒に探していく時間を大切にしています。 ・営業コーチング・成果向上支援 広告代理店時代に新人賞を獲った経験、そして長年マネジメントしてきた立場から、「成果を出す営業」のエッセンスをお伝えしています。テクニックではなく、「相手の本当の困りごとを見つける」という、あの先輩から教わった原点を軸にしたコーチングです。 ・職場・人間関係の悩み相談 「上司との関係に疲れている」「職場でのハラスメントに悩んでいる」「同僚と上手くいかない」——こうした悩みは、社内の誰にも相談できないことが多い。第三者だからこそ話せること、見えるものがあります。解決の糸口を一緒に探します。 ・WEBサイトの運営・管理——情報発信の拠点として 事業の足元を支えるもう一つの活動として、WEBサイトの運営・管理にも力を入れています。お問い合わせいただく方々が、安心してご相談いただけるように。地味ではありますが、信頼の土台を築くために欠かせない仕事と考えています。 ●ココナラでの挑戦——「もっと身近な存在」を目指して 事業を立ち上げてから、もう一つ挑戦したかったのが、ココナラでの活動でした。 ココナラの良さは、「専門家とユーザーの距離が近い」ことです。法人向けの契約だと、どうしてもハードルが高く、「ちょっと相談したいだけなんだけど……」という個人の方には届きにくい。 でも、ココナラなら、もっと気軽に、もっと身近に、私の力を必要としている人と繋がることができる。そんな期待を込めて、2024年4月、ココナラでの活動をスタートさせました。 ——ところが、現実はそう甘くありませんでした(笑)。 立ち上げ直後から、ありがたいことに法人向けの案件が次々と舞い込み、気がつけば朝から晩まで企業支援の現場を駆け回る日々。「ココナラもしっかり動かしたい」と思いつつ、目の前の法人クライアントに全力で向き合っていたら、あっという間に1年が経ってしまいました。 「これではいけない」とずっと心の片隅で思いながらも、目の前の法人案件にしっかり結果を出すことを最優先にしてきた1年。後悔はありません。むしろ、その1年があったからこそ、私の中で「個人の方にも、もっと役立てる自信」が、より強固なものになりました。 そして、いよいよ満を持して——2026年3月、ココナラでの本格的な活動を再スタートさせました。 法人支援で積み重ねてきた最新の知見、現場で磨かれた実践的なノウハウ、たくさんの経営者や人事担当者と向き合って見えてきた「採用される側」の盲点——これらすべてを、ココナラを通じて、より多くの個人の方々に届けていきたい。 「面接で落ち続けて、もう自信をなくしてしまった」「キャリアの方向性が分からなくて、毎晩眠れない」「営業の数字が伸びず、上司に怒られてばかり」「職場の人間関係に疲れ果てている」 そんな方々の隣にそっと座って、一緒に出口を探す。そんな存在でありたいと、改めて気持ちを新たにしています。 ●「目の前の一人」のために、刀を振るい続ける KM3 Creative Studioは、税法上の理由で「株式登記」することはあっても、決して大きな組織にするつもりはありません。 何百社のクライアントを抱える代わりに、ご縁のあった一社一社、一人ひとりと、深く、丁寧に向き合っていく。それが、組織の中で散々見てきた「数字だけの仕事」「人を駒として扱う仕事」へのささやかな反発であり、私なりの答えです。 そして、業種や職種を超えた「プロの仲間」と、クライアントの悩みを解決します。仲間も募集していますので、こんな私に興味のある方はお気軽にお声がけください★ 学生時代に「サラリーマンにだけはなりたくない」と尖っていたあの自分は、ずいぶん遠回りをして、ようやく「自分の旗を立てる」という地点に辿り着きました。 回り道だったかもしれません。でも、その回り道で出会ったすべての人々が、今の私を形作っています。 組織のしがらみから解放され、どこにも属さない。けれど、確かな「志」と「専門性」を持って、目の前の一人を救うために刀を振るう。そんな「野武士」のような存在として、これからも生きていきたい。 立派な城も、家臣も、家紋もいりません。必要なのは、磨き抜かれた一本の刀と、誰かの困りごとに駆けつける足の速さ、そして「この人のために動きたい」と心から思える、純粋な動機だけです。 KM3 Creative Studioを通じて、一人でも多くの方の「人生のターニングポイント」に、そっと寄り添えたら。それが、野武士となった私の、心からの願いです。
某大学 外国語学部 / 学士 / 1988年4月 〜 2002年3月
「英語が話せる」だけじゃ物足りなかった——私が社会人類学にのめり込んだ理由 大学に入った頃の私は、ふわっとした動機で外国語学部英文科を選びました。 「英語くらい話せたら、人生の選択肢が広がりそうだ」「海外に行ってみたい」「なんとなくカッコよさそう」——本当にそんなレベルです(笑)。 ところが、入学してすぐにモヤモヤとした違和感を覚えたんです。 「英語が話せるようになって、その先に何があるんだろう?」 「ただ言葉を操れるだけじゃ、薄っぺらいんじゃないか?」 そんな時に出会ったのが、「社会人類学」という学問でした。 最初の授業で、教授がボソッと放った一言を、今でも覚えています。 「人類学っていうのはね、要するに『人間を、ちゃんと不思議がる学問』なんだよ」 その言葉が、胸の奥にすっと入ってきました。実際にその土地に住み込み、現地の人と一緒に笑い、悩み、文化の内側から世界を見つめ直す——「フィールドワーク」こそが、この学問の核です。 「英語が話せる人」ではなく、「人間そのものを理解しようとする人」になりたい——そう決めた瞬間、私の大学生活は完全に変わりました。 ●バックパック一つで、オーストラリアへ 座学だけでは飽き足らず、長期休みのたびにリュック一つで海外へ飛び出すようになりました。中でも忘れられないのが、オーストラリアへのバックパッカー旅です。 宿はユースホステル。一泊数百円の二段ベッドが並ぶ大部屋ですが、そこで起きたことが、私の人生観を根っこから揺さぶってくれました。 ドイツの医学生、世界一周中のアイルランド人、韓国の同世代、ブラジルの陽気なミュージシャン——国籍も年齢もバラバラ。共通点は「同じ宿で、同じ夜を過ごしている」ことだけ。 最初は英語もたどたどしく、輪に入れずソファで眺めているだけでした。でもある夜、キッチンでカップラーメンをすすっていたら、ドイツ人が「お前、それだけで足りるのか?」と巨大な鍋のパスタを分けてくれて、一気に距離が縮まったんです。 それからは、毎晩が即席の国際交流パーティー。安いワインを回し飲みしながら「お前の国ではどうする?」と語り合い、ジェスチャーで笑わせ、ギターで歌う。数日しか一緒にいないのに、みんな「家族」のような距離感でした。 この旅で一番強く感じたこと。それは「英語が完璧に話せなくても、人と人は深く繋がれる」ということ。「分かり合いたい」という気持ちこそが、本当のコミュニケーションの土台なんだ——それを身体で理解した旅でした。 ●「当たり前」が崩れ、世界が広がっていく ある地域では、子育てを母親一人ではなく、おばや祖母、近所のおばあちゃんまで担うのが当たり前。「混乱しないんですか?」と尋ねた私に、村のおばあちゃんは笑って言いました。「子どもを愛してくれる人が多いほうが、幸せに決まってるじゃない」 別の地域では、約束の時間を一日過ぎても誰も気にしない。でも彼らには「目の前の人との縁」を最優先する明確な基準がありました。「効率」や「時間厳守」が絶対正義だと思っていた価値観が、ガラガラと崩れていったんです。 ある時、村の長老が言ってくれました。「お前さんはよく観察している。でも大事なのは、お前さん自身が私たちにどう見えているか——それを想像することだよ」 ——頭を殴られたような衝撃でした。理解は一方通行じゃない。お互いが、お互いを「ちゃんと不思議がる」ところから始まる。 ●遠回りに見えた学びが、人生の土台になった 世界中の文化を比較していくと、表面的には違っても、奥に「人間に共通する何か」が浮かび上がってきます。家族の形は違っても「大切な人を守りたい」気持ちは同じ。言葉は違っても「分かり合いたい」渇望は同じ。 この「普遍」と「個別」の両方を見つめる視点は、社会に出てからの私をずっと支えてくれました。 広告代理店で営業をしていた時も、人事責任者として組織と向き合った時も、そして今、KM3 Creative Studioで一人ひとりのキャリアと向き合う時も——私の仕事はすべて「人間を、ちゃんと不思議がる仕事」だったんだと思います。 「人間を、ちゃんと不思議がる」 教授がぽつりと放ったあの言葉を、私は今でも仕事の節目ごとに思い出し、目の前の方の話を、改めてゆっくりと聴き直すんです。
人生経歴【自己紹介 その1】ケマナラです。(^O^)/(KM3 Creative Studio) 1979年5月 〜 2026年5月
はじめまして! 私は基本的に「人の可能性を信じること」が大好きなタイプ。 仕事が好き・人が好き・子どもが大好きな 3児のパパです。 ・転職・就活で何度も落ちて、自信を失っている ・面接が近づくと頭が真っ白になる ・職場の人間関係で日曜の夜が憂鬱 ・キャリアの先が見えなくて不安 ・採用がうまくいかず、組織が前に進まない そんなお悩みを抱えた方と向き合い、 『モヤモヤが晴れた!』 『自信を持って面接に臨めた!』 『内定が出た!ありがとう!』 そう言ってもらえる瞬間が 何より嬉しいです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■【生まれてからこれまでの経歴】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 大阪生まれ、大阪育ち。 子どもの頃から「なぜ?」「どうして?」を繰り返す 根っからの探究心タイプでした。 人と話すのが好きで、中学・高校時代は なぜか相談役として友人に頼られることが多く、 「人の話を聞くこと」が自然と得意になっていました。 大学を卒業後、「人と仕事の橋渡しをしたい」という想いから 迷わずHR業界へ。 気づけば20年以上、この道一本です。 ・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。 ★続きは、人生経歴【自己紹介 その2】で o(*^▽^*)o ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【心に響く名言】 ◎人は仕事によって作られる。 カーライル
人生経歴【自己紹介 その2】 1979年5月 〜 2026年5月
大学では、とにかく人と会い、話し、動いた4年間でした。 ゼミでは「組織と人のモチベーション」をテーマに研究。 「なぜ人は同じ環境でも活躍できる人とそうでない人に分かれるのか」という問いに ずっと向き合っていました。 また、学生時代にアルバイトとしてアクセサリーショップの 店長を経験したことが転機になりました。 アルバイトの面接官の視点から「受かる人・落ちる人の差」を実体験し、 「この人は絶対に能力があるのに、なぜ伝わらないんだろう」 と悔しさを感じた経験が、今の仕事の原点になっています。 卒業後は大手広告代理店のHR部門に入社。 採用支援・求人広告の企画・戦略立案を通じて 数千社の採用課題に向き合ってきました。 ・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。 ★続きは、人生経歴【自己紹介 その3】で o(*^▽^*)o ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【心に響く名言】 ◎成功の秘訣は、人の立場に立ち、 相手の気持ちで物事を見ることができるかどうかだ。 ヘンリー・フォード
レギュラーランク 2024年10月