黒歴史の始まりと終わり
僕はかつて、中高一貫の学校に通っておりました。
そこでは入学したら、卒業するまでクラスが変わることはありませんでした。
1年目は物静かながらも、勉強や部活、交友関係といった日々を、楽しく送ることができていました。
しかし潮目が変わったのは、2年目の春のことでした。
最初はからかい程度の軽口を、浴びることからでした。
当時の僕はそういった際の対応が、得意ではありませんでした。
何となく笑って誤魔化し、有耶無耶にすることが精一杯でした。
ですが相手にとっては、それが肯定のサインのように感じられたのでしょう。
僕に対するイジリは過激さを増していき、イジリという言葉では済まされない域にまで達していました。
例えば、
・私物の水筒や腕時計を3階の窓から外に出し、僕が阻止しようとするのを嘲笑いながら1階に落とされる。
・読んでいた本に落書きをされる。
・教室に大勢人がいるのに、何人かが手足や胴を押さえて、無理やり服を脱がされそうになる。
・授業中に後ろから、シャーペンで突き刺される。
まだ数えきれないほどありますが、思い出すだけでも苦々しいですし、あなたまで不快な気分にさせたくはないので、列挙するのはこの辺にしておきます。
こういったことをされて、本当は嫌なはずだったのに強く出れませんでした。
強く出ることで、さらに事態が悪化してしまったら、残りの数年間がより地獄化すると考えたからです。
担任や親に相談したり、保健室登校や転校という手も残っていました。
今なら迷うことなく、これらの方法を検討します。
でも当時の僕はそういった手に頼ることが、卑怯な人間に負けた弱い人間のように思えていたため、そういった手段に打って出ることはしませんでした。
とは言え、毎日何かしらの被害を受け続けていると、「何かされるのではないか?」と、些細なことに対しても敏感に反応するようになっていきました。
そして人間不信に陥り、周りの人間を疑いの目で見ずにはいられなくなりました。
負けん気だけで何とか自分を奮い立たせていましたが、容姿や髪質に関する悪口まで始まった時は、とうとう自分の存在価値に対しても疑念を抱くようになってしまいました。
そんな状況でも、救われることがありました。
当時校外の道場にて、僕は空手を習っていました。
既に学内の部活は、辞めていました。
その道場には、学校の関係者はいませんでした。
自分より年下の子達の面倒を見たり、兄貴のように慕われるのが、自分の存在を肯定されているように感じました。
年が近い人や上の方には、普段の事情を知られていないせいか、心を開いて接することができました。
道場に行く時間は、僕が自分自身を取り戻せる時間でした。
この時間があったから、僕は光を失わずにすみました。
事情を知らない誰かの存在が、心を救ってくれることを経験しました。
あなたにも苦悩があるならば、ぜひとも僕に聞かせてください。
逆境を乗り越えるための、サポートをさせていただける時を、お待ちしております。