小学校の子どもたちに語った「私の夢」
北村敦私は、4年生のときに野球を覚えました。 それ以来、私は、夏の暑い日も、冬の寒い日も年がら年中、たくさんの友だちを集めて近所の公園で、日の暮れるまで野球をしていました。 名古屋だからふつうは中日ドラゴンズのファンになるんですが、私に野球を教えてくれた子が阪神タイガースのファンだったので、私もタイガースのファンになりました。 テレビやラジオでタイガース戦が放送している日は必ず見たり聞いたりする熱狂的なタイガースファンでした。 当時のナゴヤ球場にもよく行きました。 私は決まって、阪神タイガースの応援団がいる 外野のレフトスタンドで観戦しました。 グローブも持っていってたんですよ。 なぜって、当時タイガースにいたホームランバッター田淵幸一選手のホームランを本気で受け取ろうとしていたんです。 そして、中学生になっても、高校生になっても、 野球が大好きで野球部に入りました。 それほどまでに野球がきだったのですが、 小学生の時の夢は、野球の選手ではありませんでした。 何だと思いますか? なんと私の夢は、 「お好み焼き屋さん」だったのです! どうして私が、お好み焼き屋さんに憧れたのかを聞いてください。 小学生のころ、土日に朝から野球をすると、 決まってお昼ごろにはお腹がすいたんです。 それで、友達と公園の近くにあるお好み焼き屋さんによく行きました。お好み焼きも焼きそばも 本当においしくて、大好きでした。 それに何より私は、沢山のお好み焼きを素早く上手に焼
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