【無駄に感じることを価値視する】
日常的スピリチュアル、安田です。
私たちは、極力
無駄を避けようとしますが
無駄に感じることほど
価値があるのです。
なぜなら
無駄に感じることから
下積みができるからです。
どの分野を極めていくのにも
下積みの時期が必要であり
下積みの時期は何をやっても
無駄に感じてしまうのです。
思うように、願うように
歩めない時期なので
無駄に感じてしまうのですが
無駄に感じることでも
積み上げる歩みができれば
無駄な歩みにはならないのです。
私たちの環境は
導かれて与えられています。
自分で意図的に決めて
勝手に決めたとしても
導かれて与えられた環境なのです。
全てが決定して
いるのではないのですが
選んだことが導かれることで
与えられるということです。
与えられるというのは
私たちの都合に
良いことだけではなく
願った覚えがないことも
与えられることがあります。
わざわざ無駄に感じることを
やらないといけないのも
導きによって与えられています。
そして、場合によっては
必然的に与えられることもあり
無駄に感じることを
せざるを得ない場合もあります。
与えられた環境には
何らかの意味がありますが
その意味は、その場では
分からないのです。
後になって
無駄に感じていたことに
意味があったことを
悟ることができるのです。
私たちは悟ってから
行いたいのですが
行うことで
悟れることがあるのです。
しかも、行って
すぐに悟れるのではなく
しばらくしてから
悟るようになるので
無駄に感じることを
長く続けることで
苦しくなることもあります。
努力というのは
重要なのですが
すぐには結果が実ら
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