今も、私の中に残っているもの。
※母親を嫌いになりたい話ではありません。ただ、自分の人生を守るための話です。答えを出すための記事ではありません。ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。ーー過去の出来事は、時間が経てば終わるものだと思っていた。でも実際は、終わっていなかった。むしろ、「もう大丈夫なはずの場面」で、突然顔を出す。数年前、私にとって、家族だった存在が、今日死ぬかもしれないと告げられた夜があった。今夜が峠だと言われ、選択を迫られた。連れ帰るか。助かる見込みは低いが、処置のために入院させるか。正解はなく、時間だけが迫っていた。私はパニックになり、判断ができなくなった。そして、一緒にいた母に助けを求めた。返ってきた言葉は、「入院させれば助かるかもしれないんだから、入院させたら?」周りを気にし、呆れたように「何をそんなに泣いてるの?」という言葉だった。その言葉を聞いた瞬間、私はひとりになったような感覚に陥った。選択は、怖かった。苦しくなるのは当然だった。泣くのも当然だった。大切な存在が、今日、死ぬかもしれない。その現実を、いきなり突きつけられた夜だった。私は悩んだ末、処置を受けさせるため、病院に残す選択をした。でもその夜、家族だった存在は、病院の狭いゲージの中で、ひとりで息を引き取った。本当は、家族みんなに囲まれて、最後を見送ってあげたかった。それができなかったことを、私は今も悔いている。あの判断は、あの子にとって、可哀想なことをしたのではないか。そうやって私は、何度も何度も、自分を責め続けてきた。その後、その子を失った悲しみと同時にもう一つの感情がよみがえった。大
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