ヤリチンEpisode note.16「負けさせてくれる男」
光の端に立つ女性がいた。雨上がりの夜は、街の輪郭が少しだけ濃くなる。濡れた路面が光を拾って、嘘みたいに綺麗に見える。彼女はその光の端に立っていた。38歳。開業している。地味なコート。けれど、手元だけが妙に上品で、指先は静かだった。「遅れてごめん」声はハスキーとまで行かないが、低く落ちついている。「今日、二十七人見た」小さなバーに入る。彼女は席に着くと、グラスに触れる前に言った。「今日、二十七人見た」それ以上は言わない。言わないのに、背中から全部漏れている。疲れと、苛立ちと、誰にも触れられない孤独。僕の出会い方は少し特殊だ。説明すると安っぽくなる。だから言わない。ただ、こうして彼女が目の前にいる。彼女は僕を見て、ほんの少し眉を動かした。驚きじゃない。確認だ。「…写真より、静かなんだね」僕は笑った。彼女も笑ったけど、すぐに消えた。彼女はきれいだ。でも、艶というよりは“整い”に近い。崩れない顔。崩れない話し方。崩れないからこそ、どこか歪んで見える。「男ってさ」彼女はどこの国かも分からないウイスキーボトルを見ながら言った。「私に対して、最初に“値段”を付けるの。年齢とか、肩書きとか、そういうので」それが彼女の人生の癖だ。値札の付いた自分を、ずっと見せられてきた。「あなたは…付けないの?」僕は答えない。沈黙は、たいてい正解に近い。その沈黙の間に、彼女の視線が一度だけ泳いだ。いつも主導権を握っている人が、握れないときの目だ。重力みたいな強さ不思議なことに、僕は“強い”と言われる。見た目じゃない。何か別の、言語化しにくいもの。イケメンが持っている強さって、だいたい表面にある。声、笑い方、距離
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