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引退とありがとう

商業書道家を目指すnokaです 先日、次男がインターハイから帰ってきました 国体も中止が決定してしまい、突然の部活引退です このご時世でもインターハイを開催して頂いた全ての関係者の皆さんに感謝しています 国体を楽しみにしていたのになんて声を掛けよう…… と仕事中悩んでいました その日帰宅し、彼と交わしたひとこと目 『海岸で、ケツでガム踏んだ』『どうやって取るの?』……えっ?!『なに、それ』 国体中止でがっくりと肩を落としているだろうと君に言葉をかけるの悩んでたんですけど。。洗面所で一人、無我夢中でガシガシとジャージを手洗いしてました ウケる。。。『部活引退だから、あと部活ジャージは寝間着』って言われました 『あ、はい……この努力、何の時間?(笑)』その後も、インターハイの試合相手の 話をふったりしましたが 次男が話すことは 友達と(3人で)海岸でカニと、変な貝捕まえた!とか旅館のポットで友達がカニと貝を煮始めて、めっちゃ臭かった臭いがとれなくて、ケー〇デンキ行って、弁償した!とか、そんな話ばかり 気を使って考えて損した!と一瞬、思いましたが きっと心の中では次男もガッカリしているし、楽しい話をしてくれたのでしょう! 帰りに友達がケータイ無くした!とか珍道中の話ばかり(小学生なのか)今までの大会。たくさん中止になりましたコロナで食事は各部屋でお弁当ばかりでしたが、最後はちゃんとご当地のお刺身を堪能してました その日は次男のお土産を食べながら、夜のお茶会をしました 美味しかったよ!最後に次男は6歳からスポーツ漬けの学生でした強豪でもなく、人がいない同級生は11人の小学校陸上も水泳も
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次に進む為の環境を

 小柄で、とても元気な男の子がいました。そう、とても元気な子。でも、言い方を変えれば『多動な子』では【元気】と【多動】の違いは?診断結果次第?相手の感じ方次第?それとも、親が困っているか、困っていないか? その男の子は、衝動的な行動が多く、自分でも止められないようでした。みんなで絵本を見ていても、じっとしている事が難しく、近くに座っている子にちょっかいをかけてしまい、トラブルになる。その為、先生に注意を受けてしまう事が日課のようになっていました。 更に、男の子は【歩く】事を知らない。廊下に出ては全力疾走で駆け抜け、すれ違うお友達をパンチ。怒られたら、ツバをペッ。でもね、この子、お友達が大好きなんです。そして、とっても甘えん坊。 母子家庭。若くて、可愛らしいお母さん。我が子への愛情が、しっかりと感じ取れるお母さんです。ただ、若さゆえの不器用さもあったでしょうか。仕事を休めないと言うばかりで、男の子の園での姿とは、向き合おうとしてくれませんでした。 周りの保護者の中には、男の子を白い目で見る方もいました。彼を守りたい。その気持ちがありました。でも、男の子への適切な関わり方よりも、トラブルを起こさせない事にばかり、目が行っていた気もしています。 幸い、男の子は素敵な友達に恵まれ、みんなと笑顔で卒園していきました。ただ、小学生になった男の子は、教室にいる事ができず、授業中に教頭先生と校内を散歩する姿を何度も目撃されるのでした。 私も、まだまだ経験不足の未熟者でした。一つ経験を積むたびに、彼の事を思い出します。彼の為にやってあげられる事が、もっとあったはず。お母さんに知って欲しい事が、た
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親になって初めて分かった“アルミホイルのオニギリ”の意味

大学生の頃、私は実家を離れて下宿していました。帰省後に下宿先へ戻る日になると、母が決まって私にアルミホイルで包まれたおにぎりを数個、袋に入れて持たせてくれました。「電車の中でお昼に食べなさい」そう言われても、当時の私は正直、ありがたさよりも「なぜ?」のほうが勝っていました。「いらねー」「うざい」——そんなふうに感じていたのです。大人になった今、同じ行動をしている自分それから年月が経ち、私は五人の子どもの父になりました。先日、社会人になって一人暮らしをしている長男が帰省してきて、家に帰るときにタッパーに私の手作り料理を入れて渡していた。その瞬間、ふと気づいたのです。「……あれ? 俺、親と同じことをしている」その気づきは、まるで過去と現在が重なるような感覚でした。 なぜ、親はあれをやっていたのか?親の行動を“自分が親となった体験”を通して振り返ると、ようやく見えてくるものがあります。・子どもに食べさせたい・元気でいてほしい・少しでも心の支えを持たせたい当時の私は気づけませんでしたが、あのおにぎりには「子どもへの気遣い」という非常にシンプルで本質的な想いが込められていたのです。そして今の私は、全く同じ気持ちで子どもと接している。「親としての感覚」を体験して初めて、あの頃の親の行動の意味が腑に落ちました。この出来事から得られる3つの教訓① 理解は“言葉”ではなく“体験”によって深まる 福祉現場でも、人材育成でも、相手の立場に立って初めて分かることがある。② 本当に価値のある行動ほど、当事者にはすぐ理解されない 「今は分からなくても、未来に効く行動」が確かに存在する。③ 真心は合理ではな
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