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あなたは絶対運がいい④

3.マイナス思考を減らす以前の私は、アトピー性皮膚炎やぜんそく、肌の色や容姿、スタイルが嫌だと両親や周りを恨み、妬み、自分にないものをうらやましがる、悪いことはすべて誰かや何かのせいでした。イヤなことがあると、わたしなんて。。。と落ち込み自己憐憫に浸る。 ところがある日、自己憐憫に浸るのは脳内自慰だと書いてある記事を読みました。自己憐憫に浸っている間は問題や悩みを忘れられ、自分で自分をよしよしとしてあげてる感じ?確かに心地よいかも。。。脳内自慰かぁ上手いこと言うなぁと感心すると同時に、現状で立ち止まっている、もしくは何歩も下がっているかもしれない自分がとても恥ずかしくなりました。またこの時期に感謝することの大切さを理解できるようになって、フォーカスすることが自分に無いものから有るものへとシフトできるようになりました。さらに、言葉遣いにも気をつけました。言葉遣いからもマイナス思考へと導いてしまっているなと気付いたからです。日頃、口にする言葉、心の中で思う言葉どちらもです。何かあっても、 良いことも悪いことも自分のせい 大丈夫何とかなる やばいなぁ、、、良い意味で これくらいで良かったなどなど、つぶやくようにしてます。
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本当は治りたくない?

 よくある話で、特にメンタル面における、いわゆる依存症の人は、つらくなるとお酒やドラッグ等に走ったりするケースを良く見かけます。   また、依存症以外にも、根底に対人不安を抱えている人は何らかの不安障害を抱えている場合もあります。   皆さん、良くなるために通院などをしますが、通院しても良くならない人もいるものです。   その場合の依存症の人や不安障害の人は、心の奥底では「本当は治りたくない」という想いがあるからなのでしょう。   それでは、なぜ治りたくないのでしょうか?   答えは簡単、他者から気遣ってもらえたり、優しくしてもらえるからです。   もちろん、人は誰しも他者から優しくされたり、大切にされたい生き物ですが、相手に優しくできるのは、自分自身に余裕がなければできません。   自分が具合が悪くて他者からの気遣いが欲しかったり、優しくされたくても、他者に余裕がなければ優しくすることはできません。   治りたくない人は、病気や障害を利用して常に人から気遣われ、優しくされることを期待しています。そして、病気や障害を克服しようとする努力を怠る方向へ向かっていきます。   大人の場面緘黙なども然りです。「場面緘黙」という病を利用して、いつまでも他者がどうにかしてくれる、自分への気遣いを無言で要求してきます。   そして、自分の思い通りに動いてくれないと「何もしてくれない!」と怒り出すのです。   それは、結局のところ主体性がなく、なんでも他者にやってもらうことで、思うようにならないことは他者のせいにしていれば良いので、これほど楽なことはないでしょう。   そして、自分自身に対して
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悲劇のヒロイン?

 自らの行いを自らの責任として引き受けられず、被害的に捉え、あたかも自分は悲劇のヒロインであるという在り方を選ぶ人を時々見かけます。   話の内容を聞けば、一見本当に被害者のように見えますが、巧妙にその悲劇のヒロインを演じて、こちらを自分の都合の良いように操作しようとする有様が垣間見える時があります。   その根底には、過去に自分が大切に扱われなかったという経験があったというケースが多いのですが、悲劇のヒロインを演じてしまうのは、そこから変わろうとするのではなく、そこにしがみついて、周囲のせいにしたり、自分以外の外部のせいにして、「私は何も悪くない」「誰か私を保護してちょうだい!」と自己憐憫をしているに過ぎないのです。   本当にその過去から抜け出したい、変わりたいと思うなら、周囲のせいにせずに自らの責任において行動していくものです。  過去に親からの虐待を受けていたなら、その過去から決別し、必要であれば親と物理的に離れていく、自分が幸せになるには何をすれば良いかを探す旅に出れば良いのです。 そのようなひどい親とはいつまでも一緒にいる必要はないのです。   不倫や実らない恋愛をしている人も同じです。 なぜ、実らない苦しい恋愛を続ける必要があるのでしょうか?なぜ、そのような恋人といつまでも恋愛をするのでしょうか? 結局は相手の都合の良いように自分が動いて、最後は捨てられるというパターンが分かっていても、その恋愛から卒業することができずにいるのは、自らがそうしたいから、そのようになっているのです。相手のせいではありません。自ら望んでいるのです。   にもかかわらず、「私がいないとダ
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マイナスの快感

 自己憐憫な人、責任転嫁をする人、依存的な人は、自ら不幸な状態に居ることを望むことが多い場合があります。   心理的に健康な方から見れば、「そんなバカな?」「なんでわざわざ不幸な状態を選ぶ必要があるのか?」と思われるでしょうけれど、不幸な状態に居た方が逆に楽であり、そこに快感を覚える人もいます。   それは心理的に不健康な方がそのように望んでいる傾向を良く見かけます。   なぜそのような不幸な状態にわざわざ身を置こうとするのか?   それは、可哀そうな状態であれば、周囲の人から気にかけてもらえるからです。優しい言葉をかけてもらえるからです。同情してもらいやすいからです。   そのように自分は不幸であり弱者であることを周囲に見せつけて、周囲の人々へ保護を求めるのです。まるで本当に赤ちゃんか小さな子供のようですね。   しかし、この方々はそうしなければ生きられないと思い込んでいるので、そこが厄介な部分でもあります。   実際にこのような方々は子供の頃、親から虐待を受けたり甘やかせてもらえることがなかったり、という体験をしていることがあります。   しかし、大人になって自分で自分のことが出来るようになっても、その子供の頃の恐怖体験や、不安、不満を抱いたまま体だけは大人になり、心は子供のままの状態でいる方が多いです。   そして、子どものころの不幸体験を大人になっても再現することで、親からもらえなかった愛を、周囲の人々からもらおうとするのです。   そのためには不幸でいた方が、そのような人達にとっては楽であり、快感を得られやすいのです。   しかし、もうあなたの子ども時代は終わってしま
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自己満と卑下満

 皆さんは「自己満」という言葉は聞いたことがあると思いますが、「卑下満」という言葉を聞いたことがありますか?  「自己満(足)」は、そのまま言葉の通り、自己満(じこまん)とは、「自己満足」の略で、自分自身が満足することを指します。他人の評価や意見に関係なく、自分が満足できる状態や行動を意味します。例えば、趣味や仕事で自分が納得できる成果を出したときに感じる満足感などが自己満に当たります。   ならば、その反対の「卑下満」とは何でしょう?  「卑下する」とは、これもまた字のごとく、自分自身を低く評価することや、自分を他人よりも劣っていると感じることを指します。 例えば、自分の能力や成果を過小評価し、他人と比較して自分を卑下することがあります。これは謙虚さとは異なり、自己評価を不当に低くすることが含まれます。   実はコレ、人をコントロールすることに使えてしまうものなのです。 自分を卑下することで、相手に「そんなことない」と言わせたいときに使えます。   そうさせることで、相手の心をコントロールすることができます。分かりやすい例で言えば、悲劇のヒロイン、ヒーロー的な人はそうだと言えるでしょう。   自己憐憫を周囲にアピールすることで、相手に「気の毒だ」「何か手伝ってあげよう」等という気持ちにさせることができます。   しかし、何かをしてあげても決してそれは本人のためにはならないのです。本人の思う通りに動いてあげると、要求はますますエスカレートし、終いにはコントロールされてしまうという一種の洗脳に近いものも含まれているかもしれないものであります。   もしも、自己憐憫を使って悲劇のヒ
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セルフ・セラピー・カード 1日を生きるヒント その9 依存心

セルフ・セラピー・カードとは、 48枚ある「カード」を引くことによって、 今困っていることの 「本当の原因」 「それを癒してくれるもの」 「それを突破した時に得られるもの」 などが分かる心理カードです。 セルフ・セラピー・カードを毎日1枚引いて、 その日1日を生きるヒントをお伝えしていきます。 本日の1枚 9 NEEDINESS 依存心本日の1枚は、9 NEEDINESS 『依存心』 でした。 不幸になる3大要因、「自己憐憫」「責任転嫁」「依存心」の1つでもありますし、自分の中にあるのは分かっているが、向き合いたくない感情を引いてしまいました。 このカードの意味は、「依存」「未だに埋めきれない過去の喪失感を埋め合わせようとしている」「欲しがるばかりで受け取ることができない」となります。『依存心』とは、誰か他の人に自分を救ってもらおうとすることです。相手の人が、自分の欲求を満たしてくれて、自分を幸せにしてくれると思っているのです。『依存的』であればあるほど、他者を操作する傾向が出ます。特に感情面で人を脅迫するのです。傷ついたり、悲しんだり、つまらなそうな顔をして、誰かに世話をしてもらったり、愛してもらおうとします。『依存心』があると、しばしば感情を武器として使いますが、絶対に成功しません。なぜなら、依存的になればなるほど、自分は他者にとってお荷物になり、どんどん魅力的ではなくなってしまうからです。『依存』していると、なんとかして「手に入れたい」「奪いたい」と思うのですが、実際は何も「受け取る」ことができないのです。今日このカードを引いたということは、自分の感情と自分の人生に責任を
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