顕微鏡の向こう側
顕微鏡の光が、机の上だけを白く照らしている。凪は、もう一度ピントを合わせる。細胞は、ゆっくりと形を変えている。「すごいね、陽菜。説明わかりやすかった。」前の席の子が小さく声をかける。「そんなことないよ。」陽菜は笑う。でもその笑い方は、控えめで、誇らない。先生が、班の記録をのぞき込む。「班全体、よくできてるな。」陽菜がすぐに言う。「凪がまとめてくれたので。」自然に。迷いなく。凪は顔を上げる。「え、わたしは……」「字きれいだし、見やすいよ。」陽菜は本当にそう思っている顔をしている。悪意がない。計算もない。ただ、まっすぐ。凪の胸が、少し痛む。どうして。どうしてそんなに、きれいなんだろう。悠真が、記録用紙をのぞく。「ほんとだ。凪、助かる。」その声は、やわらかい。凪はうなずく。でも。その言葉は、どこか遠い。陽菜は、顕微鏡をもう一度のぞく。「ここ、もうちょっとはっきり見えるかも。」自然に悠真を呼ぶ。肩が、少しだけ近づく。触れない。でも、近い。凪は、自分の顕微鏡に目を戻す。視界が少し揺れる。わたしは。どう考えても。陽菜のほうが、いい。明るくて、やさしくて、空気を変える。わたしは、静かで、重くて、半歩引いている。顕微鏡の中で、細胞が分かれていく。きれいに、均等に。凪は思う。選ばれるのは、どっちだろう。そんなことを考える自分が、いやになる。実験は、まだ続いている。時間は止まっていない。でも、凪の中では、少しずつ、何かが沈んでいく。
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