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……緊張してる?

カップに口をつけたのは、ほぼ同時だった。湯気の向こうで、二人の動きが少しだけ重なる。凪は、一口飲んでから視線を落とす。思っていたより、甘かった。「……おいしいね」自分から言ったことに、少し驚く。沈黙を壊すつもりはなかったのに、声が、勝手に出た。「うん」悠真は短く答えて、それから少し間を置く。「……緊張してる?」その問いは、責めるでも、探るでもなく、ただ確かめるみたいだった。凪は、一瞬だけ迷ってから、小さく笑う。「……してるかも」正直に言った瞬間、胸の奥が少し軽くなる。悠真は、ほんのわずかに息を吐いた。「俺も」それだけ。理由も、説明もない。でもその一言で、テーブルの上の空気が、少しだけやわらいだ。窓の外では、夕方の色が、ゆっくりと夜に近づいている。凪は思う。派手なことは起きていない。でも今、「同じ時間を選んでいる」という事実だけが、確かにここにある。——これは、始まってる。そう思ってしまった自分を、もう否定しなくていい気がした。カップを置く音が、ほとんど同時に重なった。湯気が薄くなって、二人の間にあった緊張も、少しだけ形を変える。「……ここ、静かだね」凪の声は、思っていたより落ち着いていた。言葉にしてみると、不思議と怖さが薄れる。「うん。騒がしいの、あんまり得意じゃないから」悠真はそう言って、窓の外を見る。夜の色が、ゆっくり街に降りてきている。凪は、その横顔を見てから、視線を戻した。橋の上でも、教室でも、いつも“途中”で止まっていた時間が、今はちゃんと流れている気がした。「……また、来てもいい?」言い終わってから、胸が遅れて跳ねる。“また”と言った自分に気づいて。悠真は少しだけ驚
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分かっているのに、言葉が、すぐには出てこない

店を出ると、夜の空気がすっと頬に触れた。昼とは違う匂い。少し冷えていて、静か。凪と悠真は、自然と並んで歩き出す。さっきまで向かい合っていたのに、今は同じ方向を見ている。街灯の下を通るたび、二人の影が伸びて、重なって、また離れる。「……今日はさ」悠真が、前を向いたまま言う。声は低くて、抑えめ。「楽しかった」それだけ。余計な言葉はない。凪は一瞬、歩く速度を落としそうになって、でもすぐに整える。「……私も」短く答えたあと、胸の奥がじんわりと温かくなる。駅が近づくにつれて、人の気配が増えてくる。それが、少しだけ惜しい。改札の手前で、二人は立ち止まる。ここで、別れる。——分かっているのに、言葉が、すぐには出てこない。悠真が、少しだけ凪のほうを向く。「……また、誘ってもいい?」問いかけというより、確認。逃げ道を残した言い方。凪は、ほんの一瞬だけ間を置いてから、はっきりとうなずいた。「うん。待ってる」その一言で、今日が“特別な一日”になった気がした。改札を抜ける前、二人は同時に振り返る。手は触れない。でも、視線だけは、ちゃんとつながっていた。夜は、まだ終わらない。でも今日は、ここまで。続きがあると、もう知ってしまったから。
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