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次は、どんな顔で会うんだろう

改札を抜けたあと、凪は一度だけ振り返りそうになって、やめた。もう、見なくても分かっている。悠真は、あの場所に立ったまま、少し遅れて歩き出すはずだから。ホームへ向かう階段を下りながら、胸の奥が、静かに忙しい。——楽しかった。——また、会う。言葉にすると簡単なのに、現実になると、こんなにも余韻が残る。電車が来るまでの数分。スマホを取り出しても、画面は見ない。代わりに、さっきの視線を思い出す。触れなかった距離。でも、確かに縮まっていた距離。悠真は、「また誘ってもいい?」と聞いた。凪は、「待ってる」と答えた。約束じゃない。でも、逃げ道のない言葉。電車が入ってくる音がして、凪はやっと前を向く。——次は、どんな顔で会うんだろう。学校かもしれない。放課後かもしれない。また、あの店かもしれない。確かなのはひとつだけ。今日で、この関係は「何もなかった昨日」には戻れなくなった。電車がホームに滑り込んできて、風が一瞬、凪の髪を揺らした。乗り込む人の流れに身を任せながら、凪はドアの近くに立つ。ガラスに映った自分の顔は、少し前より、やわらいで見えた。——待ってる。さっき言ったその言葉が、胸の奥で、まだ温かい。電車が走り出す。街の灯りが、線になって流れていく。凪はつり革につかまりながら、今日一日の場面を、静かにたどる。橋の上。教室。カフェのテーブル。駅前の別れ。どれも派手じゃない。でも、どれも確かに、「選んだ時間」だった。スマホが、軽く震える。通知ではない。ただ、ポケットの中で動いただけ。それでも凪は、ほんの少しだけ息を止めてから、また自然に呼吸を戻した。——次は、きっと。そう思えることが、もう答えみたい
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「何もなかった時間」なんて、 存在しなかった

翌朝、教室はいつも通りだった。机を引く音、誰かの笑い声、チャイム前のざわめき。凪は席に着きながら、昨日の夕焼けを思い出していた。思い出そうとしなくても、勝手に浮かんでくる。——何を言いかけたんだろう。悠真は、少し離れた席でノートを開いている。視線は合わない。けれど、気配だけは昨日より近い。それが、余計に落ち着かなかった。「おはよ」不意に、悠真の声がした。低くて、短くて、いつも通り。凪は一拍遅れて顔を上げる。「……おはよう」それだけ。それだけなのに、胸の奥がわずかに波打つ。何も変わっていない。制服も、距離も、言葉の数も。でも、凪は知っている。昨日の橋の上で、「何もなかった時間」なんて、存在しなかったことを。悠真が、椅子を引く。その音に、凪の肩がほんの少しだけ強張る。——期待してはいけない。そう思うほど、意識してしまう。授業が始まる直前、悠真が消しゴムを落とした。凪の足元に転がってくる。拾い上げて、差し出す。指先が、かすかに触れた。ほんの一瞬。昨日よりも、短い一瞬。それでも、凪の心ははっきり揺れた。悠真は「ありがとう」とだけ言って、視線を外す。それ以上、何も言わない。——やっぱり、言葉は出ない。けれど凪は思う。この沈黙は、もう昨日とは違う。始まっていないのに、戻れなくなった場所に、二人は立っている。チャイムが鳴るまで、まだ少し時間があった。教室のざわめきは、朝の光に溶けて、どこか遠い。凪は、机の端に置いた指先に意識を向ける。昨日、橋の上で感じた距離と、今、この机と机のあいだの距離が、なぜか重なって見えた。——近いのに、届かない。悠真のペンが、また一瞬止まる。何かを書き間違えたわけじ
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