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変わるのが怖いのか、変わらないままが怖いのか

夜の道は、昼よりも音が少ない。街灯の下で、二人の影が、ゆっくり伸びていた。凪と悠真は、並んで歩いている。今日も、特別な出来事はなかった。それなのに、胸の奥が、少しだけざわつく。「今日さ」凪が、ぽつりと言う。「静かだったね」悠真は、うなずく。「うん」「静かだった」——静かすぎて、考える時間が増えてしまう。凪は、歩きながら思う。言葉は、もう、喉の近くまで来ている。でも、出してしまったら、何かが変わる気がして。変わるのが怖いのか、変わらないままが怖いのか。自分でも、わからない。横断歩道の手前で、二人は立ち止まる。信号は、赤。向かいの店のガラスに、二人の姿が映る。——近い。触れていないのに、距離が、近い。「ね」凪は、息を吸う。「悠真はさ」「私のこと、どう思ってる?」言ってしまった、と思った。でも、もう戻れない。悠真は、すぐには答えなかった。信号機の音が、規則正しく鳴る。「……大事だよ」短い言葉。でも、逃げのない声。「一緒にいる時間が」「当たり前になるくらいには」凪は、胸がいっぱいになって、少しだけ笑う。「それって」言いかけて、止める。——言葉にしなくていい。今は。「……ありがとう」それだけで、十分だった。信号が青になる。歩き出すとき、凪は、ほんの一瞬だけ迷ってから、悠真の袖を、指先でつまんだ。ぎゅっとしない。引き寄せない。10分の1の力。悠真は、驚いたように凪を見る。でも、何も言わず、歩幅を合わせる。夜風が、制服の裾を揺らす。「ねえ」悠真が言う。「さっきの質問」「答え、途中だった」凪は、立ち止まる。「俺は」「呼ばれたら、嬉しい」それだけ。でも、十分すぎるほどだった。凪は、胸に手を当てる
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私が、その言葉を使いたくなったら、ちゃんと聞いてくれる?

放課後の図書室は、いつもより静かだった。凪は、窓際の席で、開いたままの本を眺めている。文字は、ほとんど頭に入ってこない。——恋人。昼休みに投げられたその言葉が、胸の奥で、まだ形を変えながら残っていた。(私は、どう思ってるんだろう)誰かに聞かれたから、考え始めたわけじゃない。ただ、考える余裕が、できただけ。椅子を引く音がして、悠真が向かいに座る。「静かだね」「うん」短い会話。でも、それで十分だった。しばらくして、悠真がぽつりと言う。「今日さ」「昼のこと、気にしてる?」凪は、少しだけ迷ってから、正直に答える。「……うん」「でも、嫌じゃない」悠真は、少し驚いたように目を上げる。「嫌じゃない?」「うん」凪は、指先を見つめながら言う。「ただ」「“恋人”って言葉を使うと」「何かを、約束しなきゃいけない気がして」悠真は、ゆっくりうなずく。「わかる」それだけ。否定もしないし、急かしもしない。「でもさ」悠真は続ける。「約束って」「言葉から始まるんじゃなくて」「一緒に帰るとか」「待つとか」「離れないとか」「そういうのの、積み重ねだと思う」凪は、はっとする。——そうだ。もう、いくつも約束している。言葉にしていないだけで。「……ねえ」凪は、顔を上げる。「もし」「私が、その言葉を使いたくなったら」「ちゃんと」「聞いてくれる?」悠真は、少し照れたように笑う。「もちろん」「そのときは」「俺も、ちゃんと答える」図書室の時計が、小さく音を立てる。その静けさの中で、凪は思う。——まだ、言わなくていい。でも、いつか言いたい。その気持ちが、確かに胸にあることを、初めて、はっきり認めた。本を閉じて、立ち上がる。帰り道。
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