絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

……君、あのときもそんな顔してたよな

六月の風は、もうすっかり夏の匂いがしていた。大学の講義を終えて、駅へ向かう坂道を歩きながら、俺はふと立ち止まった。どこか遠くから、蝉の声が聞こえた。あの日の教室の窓を開けた時と、まったく同じ風が吹いていた。「……もう、夏か。」心の奥でつぶやいた。その瞬間、夕焼けの中で笑う彼女の姿が、ふっと蘇った。卒業してから、三ヶ月。もう制服も、校舎も、日常の景色から消えた。それでも、机の引き出しの奥にはひとつのノートが残っていた。ページを開くと、にじんだ文字と桜の花びらの跡があった。指先でその跡をなぞりながら、俺は小さく笑った。「ありがとうの続きは、風の中に。」その一文を見ていると、不思議とあの日の光と風の感覚が戻ってきた。そして、ノートを閉じようとしたとき、ページの間から、何かがふわりと落ちた。それは、まだ彼女がいた頃のクラス写真。そして、その写真とともに――小さな白い折り鶴が、そっと挟まっていた。「……あの日のままだ。」写真の端には、少し照れくさそうに笑う彼女。その笑顔を見つめながら、俺は鶴を手のひらに乗せた。そのとき、窓の外で風鈴が鳴った。どこかの家の軒先から、風が透明な音を運んでくる。「……また、会えるのかな。」言葉にした途端、頬を撫でる風が、少しだけ温かく感じられた。坂の途中で立ち止まった俺は、財布の中にしまっておいた折り鶴をそっと取り出した。折り目はすっかり柔らかくなっていたけれど、形は崩れていなかった。その小さな鶴を見つめながら、俺は空を見上げた。青空の向こうで、彼女が笑っている気がした。想いは終わらない。季節が変わっても、風は同じ場所を通り過ぎる。
0
カバー画像

“勝ち負け”で壊れるんじゃない“諦め”で壊れるんだ

週が明けた月曜日。まだ朝露の残るグラウンドに、柚はいつもより少し早く着いた。空は淡いオレンジ色で、風がユニフォームの裾を揺らしている。ノートを開く。昨日までのページに並ぶ小さな文字。“立てた”“押し出した”“ありがとうが言えた”。書いているうちに気づいた。最初は「できたこと」を探していたのに、今は「気づいたこと」を書いている。“昨日、美緒が笑った”“陽菜がボールを蹴った”“風が気持ちよかった”たったそれだけのことなのに、ページが少しずつ温かくなっていく気がした。しばらくすると、美緒が来た。そして陽菜も。柚は少し驚いた。日曜日は来なかった二人だった。「……おはよう」陽菜がぽつりと呟いた。その声が風に乗って、白線の上を滑っていった。「おはよう」柚はそれだけ返した。三人の間に言葉は少なかったけれど、沈黙が昨日より柔らかかった。美緒がボールを置く。陽菜が軽く蹴る。柚が受ける。それだけのやり取り。けれど、その一つ一つが懐かしくて、少し泣きそうになった。昼休み。部室のドアを開けると、机の上に数冊のノートが積まれていた。昨日、配ったまま放置されていたはずのもの。一冊ずつ、名前が書かれている。結月、玲奈、紗耶……。神谷先生が入ってきて、それを見て目を細めた。「戻ってきたか」「え?」「彼女たち、昼にノート取りに来たらしい」柚は、胸の奥が少し熱くなった。先生は机に手を置いて言った。「チームは“勝ち負け”で壊れるんじゃない。 “諦め”で壊れるんだ」「……はい」「柚、もう一度みんなを集めよう」放課後。グラウンドに夕日が落ちる。赤い光が砂を照らして、風が泥を乾かしていく。部員が一人、また一人と集まってき
0
2 件中 1 - 2