“勝ち負け”で壊れるんじゃない“諦め”で壊れるんだ

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コラム
週が明けた月曜日。
まだ朝露の残るグラウンドに、
柚はいつもより少し早く着いた。

空は淡いオレンジ色で、
風がユニフォームの裾を揺らしている。

ノートを開く。
昨日までのページに並ぶ小さな文字。
“立てた”“押し出した”“ありがとうが言えた”。

書いているうちに気づいた。
最初は「できたこと」を探していたのに、
今は「気づいたこと」を書いている。

“昨日、美緒が笑った”
“陽菜がボールを蹴った”
“風が気持ちよかった”

たったそれだけのことなのに、
ページが少しずつ温かくなっていく気がした。

しばらくすると、美緒が来た。

そして陽菜も。

柚は少し驚いた。
日曜日は来なかった二人だった。

「……おはよう」
陽菜がぽつりと呟いた。
その声が風に乗って、
白線の上を滑っていった。

「おはよう」
柚はそれだけ返した。

三人の間に言葉は少なかったけれど、
沈黙が昨日より柔らかかった。

美緒がボールを置く。
陽菜が軽く蹴る。
柚が受ける。

それだけのやり取り。
けれど、その一つ一つが懐かしくて、
少し泣きそうになった。

昼休み。
部室のドアを開けると、
机の上に数冊のノートが積まれていた。
昨日、配ったまま放置されていたはずのもの。

一冊ずつ、名前が書かれている。
結月、玲奈、紗耶……。

神谷先生が入ってきて、それを見て目を細めた。
「戻ってきたか」
「え?」
「彼女たち、昼にノート取りに来たらしい」

柚は、胸の奥が少し熱くなった。

先生は机に手を置いて言った。
「チームは“勝ち負け”で壊れるんじゃない。
 “諦め”で壊れるんだ」

「……はい」

「柚、もう一度みんなを集めよう」

放課後。
グラウンドに夕日が落ちる。
赤い光が砂を照らして、
風が泥を乾かしていく。

部員が一人、また一人と集まってきた。
気まずそうに笑う子もいれば、
無言で立っている子もいた。

誰もまだ“再スタート”なんて言えない。
けれど、全員の顔に
どこか迷いながらも“戻ってきた”色があった。

神谷先生が静かに言った。
「今日の練習、ボールは一球だけにしよう」

ざわめき。

「全員でつなぐ。
 どんな形でもいい。
 ただし、ボールを止めたら終わりだ」

柚は深呼吸をした。
ボールを蹴る。
ひとり、またひとりと繋いでいく。

泥の上を転がる音。
息が重なっていく。

最後にボールが陽菜に渡る。
少し強いパスだった。

陽菜はトラップで止められず、
ボールは白線の外へ。

誰も責めなかった。
静かに笑いが起きた。

陽菜が俯いて言った。
「……やっぱり、まだ下手だね」

柚が首を振る。
「ううん。
 蹴っただけで、もう前よりずっといい」

その言葉に、陽菜が小さく笑った。
涙の跡が頬に光っていた。

練習が終わるころ、空は薄紫に変わっていた。
神谷先生が手を叩いた。

「いい音だったな」

「音……ですか?」

「そう。ボールの音。
 君たちが“やりたい”と思ってる音が、
 ちゃんと戻ってきた」

柚は空を見上げた。

雲がゆっくり流れていく。
グラウンドに夕風が吹く。

その風が頬を撫でたとき、
心の奥で小さく何かが弾けた。

「……先生」
「ん?」
「私たち、また全国、目指していいですか」

神谷先生は少し笑った。
「それを言えるようになったら、もう始まってる」

その夜、ノートを開く。
ページの端が泥で少し汚れていた。
でも、それが心地よかった。

「今日、できたこと──もう一度、ボールを蹴った」

ペンを置いたあと、
外からグラウンドの風の音が聞こえた。

それはもう、孤独の音じゃなかった。
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