絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

悔しいまま、終わりたくない

風が少し冷たくなった。夕暮れのグラウンドに、砂ぼこりが舞う。練習を終えたメンバーが次々と荷物をまとめ、小さな笑い声がちらほら戻ってきていた。柚はゴールポストのそばに腰を下ろした。夕日が金色に光って、汗に濡れたスパイクの縁がきらりと反射する。まだ、何も“元通り”じゃない。けれど、“終わった”とも思わなかった。陽菜が近づいてきた。「……キャプテン、ちょっといい?」柚が顔を上げると、陽菜は手にノートを持って立っていた。「先生が言ってた“できたことノート”、 ……やっぱり、書けないや」「どうして?」陽菜はため息をついて、グラウンドの土を指でつまんだ。「何もできてないから。 あたし、去年の試合で外したシュート、 今でも夢に出てくる。 “できたこと”なんて、何もない」柚はその言葉を聞きながら、かつての自分を見ているような気がした。(分かるよ……。 私も、ずっと“やめなかった”以外書けなかった。)「陽菜」「うん?」「“できたこと”って、上手くいったことじゃないと思う」「……じゃあ、何?」「それでもここに立ってること。 それだけで、できたことなんだと思う」陽菜はしばらく黙っていた。風が二人の間を抜けていく。「……そんなの、書いてもいいの?」「いいよ。私は毎日、それしか書けなかったから」陽菜がふっと笑った。泣き笑いみたいな、どうしようもなく人間くさい笑顔だった。その夜、陽菜はノートを開いた。ペンを握って、ためらいながら一行だけ書く。「今日、できたこと──まだここにいる」書いた瞬間、胸の奥に溜まっていた何かがすっと軽くなった。ページの端が少し濡れていたけれど、拭こうとは思わなかった。翌日。放課後の
0
カバー画像

今日、できたこと──立てた

翌朝のグラウンドは、昨日より少しだけ柔らかかった。夜の冷えで乾きかけた泥に、スパイクの跡が浅く残る。柚は誰もいないグラウンドの真ん中に立った。風が頬を撫でて、汗の跡を冷たくしていく。昨日までの重たい空気が、少しだけ軽くなっている気がした。気のせいかもしれない。でも、気のせいでもいい。ノートを開く。ページの端に、泥の指跡がついていた。“水を押し出した”その下に新しい一行を加える。「今朝、グラウンドに立てた」ただそれだけ。でも、それが今の自分の全部だった。しばらくすると、美緒が来た。眠たそうな目で、髪を後ろで束ねている。「……早いね」「うん。なんか、来ないと落ち着かなくて」二人で並んで立つ。朝日が少しずつ顔を出して、白い息を光らせていた。「昨日の、あれ……見た?」「メモ?」「うん」「見た。誰だろうね」美緒は少し笑って言った。「分かんないけど、なんか救われたよね」柚も頷いた。「“ありがとう”って、 あんなにあったかい言葉だったんだね」「……あの先生、見えてたのかな」「何が?」「こうなるの。 私たちが、少しずつ戻ってくること」柚は答えなかった。風が、二人の間を抜けていく。昼休み。フェンスの向こうから、陽菜と結月の姿が見えた。二人とも制服のまま。「……なに、また練習してんの?」陽菜が声を上げた。柚は笑いながら、「してないよ。ただ、立ってるだけ」と答えた。「何それ。変なの」陽菜は呆れたように言って、結月と目を合わせた。でも、すぐには帰らなかった。沈黙のあと、陽菜がボールを足で転がした。「……蹴っていい?」「いいよ」蹴られたボールがゆっくり転がる。その音が、昨日までの沈黙を少しずつほどいてい
0
2 件中 1 - 2