絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む
有料ブログの投稿方法はこちら

すべてのカテゴリ

13 件中 1 - 13 件表示
カバー画像

10.【趣味を見つけたいと思った時の思い出話】

こんにちは、おかげさまで十回目のブログです。タイトルの割に短文で中身に乏しいかもしれませんが読みやすさも心掛けたいし。ムムム。となってます。まぁ、数を打てば当たると思ってスマッシュヒットなブログが今後かければなと思います。よろしくお付き合いお願いします。今日の話題は、趣味についてです私、ある年齢の時に自分の趣味を持ちたくて思いつくもので自分のお小遣いで出来そうなことにいろいろ手を出したんです。二週間に一回のペースで新しいものを買ってきては試しての繰り返しでした何を買ってみたかは小出しで思い出した時に書きますね始めるときはワクワクしたり、ここに流れ着いたかとか思ったりするんですけど、例えば消しゴムハンコ。自己流で彫ってみて入門キットなんかも買ってみたりして自分なりに作品が出来上がったときは嬉しくて。でも結局億劫な作業もあったりして続きませんでした。気づいたら趣味を探すのが趣味になってしまって。人からするとただの浪費家だったかもしれません。本人はいたって真剣なんですよ。自分を探しているというか、新しい世界を見てみたかったり新しい仲間が欲しかったりして。でも結局一日24時間一週間は七日。の世界でやりたいこと全部が身につくには時間が足りなすぎる。結局いつもの自分に戻りました時々占いの本を読んで、音楽配信サービスで音楽を聴き家事を最低限こなして、ときどき行きつけのカフェに行く。出来れば、ココナラブログもこの日常に根付いて人とつながれるサービスを提供させていただいて出来たら上位ランクにもいきたいです今日のブログはこの辺にしましょうかお気軽にハートマーク押していただけると励みになります感想メ
0
カバー画像

私が安く作曲する理由

私は、10年近く作曲をしていてそこそこ売れていました…。音楽はお金がかかるもので、例えばみんながわかりやすいようにと導入した合成音声ボーカルソフトは、ソフトだけで1万円。ボイスバンクは一人1万5千円します。他にも色んな音のクオリティをあげるため何十万円とお金を使ってきました。なので私が売れていたときの1曲あたりの報酬は…5万円でした、これでもだいぶ抑えての価格です。色んな事がありましたが、今回お話したいのは、私が一度作曲の世界を離れ、そして安価なサービスを目指した理由です。これは数年前のお話…。私は今とは違う名義で、音楽活動をしていました。そんなおり、ひとりのVtuberさんの依頼を受けました。彼はお世辞にも歌がうまいとは言えなくて、ピッチ補正では直しきれない箇所があったので私はここをもう一度歌い直してほしい、とお願いしたのでした…。彼の人柄はとてもよくて、私のこころは痛みましたが…でも、いいものを作り上げたいという気持ちが伝わってきてその時、お願いすることにしました。彼は一生懸命、歌の練習をしていてすこし、またすこしと、歌のクオリティがあがっていくのを私は配信で見ていました。『自分でも満足できなくて、何度も歌い直してるんです。』そういって一生懸命、音楽に向き合っていました。私も負けていられない!もっともっといいものを彼にとどけたい!…そんな時です、トラブルが2つおきました。まず私の体が、病魔に蝕まれ体調が著しく悪化してしまったのです。動けないことが多くなってしまい、最終的には、依頼をストップすることになりました。もうひとつは、とても乱暴なお客さんに当たってしまったこと。彼女は
0
カバー画像

全然関係ない昔話

こんにちは、さとまるセカンドです。緑豊かな田舎町で今日も自席の引き出しを開けたり閉めたりする仕事をしてます。昨日給食着を忘れて焦る夢を見て、小学生時代の詰み体験を思い出しました。動画編集とか全く関係ありませんが暇で溶けそうなときに是非ご覧ください。小学校の頃、私は修学旅行の準備が苦手でした。苦手というかお泊まりの準備をするという概念を理解していませんでした。持ち物やタイムスケジュールが書いてあるしおりが手元にかるにもかかわらず洋服が入ったタンスの前で何時間も座り込んでしまうのです。結局母親が「1日目 洋服」と書いた袋に必要なものを揃えてくれましたが、当日大詰みをかましてしまいます。「大きなバックに洋服などのお泊りセットを入れて、小さなバックに水筒やお弁当を入れましょう」「大きなバックは車でホテルまで運ぶので、朝集めます。小さいバックを持って1日行動しましょう」当日小さいバックを車に積み、大きいバックで1日過ごしたのは私だけでした。大きくて重いバックのせいで一人だけ汗だくだったのを覚えています。ホテルに届いた小さいバックの中でお弁当は腐っていました。ところで最近、独り立ちしたばかりのひな鳥の動画を見ました。ひな鳥は獲物の前で大きな口を開けるだけで、入ってくるのをただ待っていました。今まではそうしてさえいれば自動的に食べることができたからです。めちゃくちゃ可愛い映像でした。あの頃タンスの前で黙って座っていた私は、まさにこのひな状態でした。小学生ならさすがに準備くらいできるだろと思いますが。でも当時はこうしていればなんとかなると本気で思っていました。(この件に関してはただの母親の甘や
0
カバー画像

(119日目)物売り時代の経験−1。

一番初めに就職したのはスーパー。もともとアルバイトしてたんだけどヤンキー上がりの店長に『お前、社員になれよ。』と言われビビってなってしまった思い出。ま、今思えばThe 体育会系って感じだったが、ノリ自体は嫌いではない。働いて1年ほどしたときだったか、その体育会系のメンツにおいて、異色とも言えるキャラの社員が異動してきたな。(名前は仮に藤Pとしておこう)一言で言うと藤Pは「メガネをかけたちょっと変な渡辺謙。」こんな感じだった。顔は渡辺謙を彷彿とさせるほど二重ばっちり、くっきりフェイスだったが、周りの社員からは距離を置かれてた。それは、藤Pがちょっと変だったから。当のご本人はそんなの気にしない感じだったけど。しかし、変な人間ってどこか秀でてるところもある。やたらと電話で取引先と喋ってることが多かった。周囲からは「アイツ仕事してんのか?」と言われることも多かったけど。ただ、彼が担当していた部門では、過去かつてないほどの利益率を稼いでいた。たぶん前人未到の記録。おそらく彼は電話でコミュニケーションを図りながら有利な取引条件を引き出していたんだろう。電話では取引とは関係ない話題が多かったし、一見すると「仕事してない」と思える。しかし、コミュニケーションを通じて取引先が根負けするほど交渉を有利に進めていた。もちろん自分だけが有利になるんではなく、相手にメリットのある取引を持ちかけその関係が継続できるような話術を持っていた。と、ここまで書くと社内で評価されてもおかしくないのだが、藤Pが少し変な人だったので、適正な評価には至らなかった。組織という枠からはみ出る人間は適正な評価をされることはない
0
カバー画像

オモイコンダラ・・・

結婚までの数年間、私はとある自動車メーカーに勤めていました。各営業所の人数もさほど多くなく、正社員もパートさんもみんな仲良しで当時は家族同伴での食事会(飲み会)もありました。子供好きだった私はパートのKさんの娘さん(当時6歳)ととても仲が良かったです。ある時その娘さんに問われました。「ねえねえ、重いコンダラって、なに?」重い?コンダラ??  少し考えて、ピンときた!「あぁっ!巨人の星!!」ご存じでしょうか?あの歌を。思い込んだら試練の道を 行くが 男の ド根性わからない方、ごめんなさい。わかっていただける方、ありがとうございます。この話は私の中では鉄板なんです!言葉ってむつかしい。子供ってすごい。何かを人に伝えるって大変なことだ。そんな風に感じたことを今でもよく覚えています。そして今思うこと。彼女は何故「オモイコンダラ」に引っかかったのだろう。「シレンノミチ」はどこの道?どんな道?とは思わなかったのかな?はたまた試練という言葉はすでに知っていたのかな・・・彼女も今ではお母さん。お子さんに、これはなぜ?あれは何?と問われているのかな?
0
カバー画像

おもいで話。

いつも見てくれているあなたへ。こんばんは。いつきです。今日はね。なんか素敵な気分なんだな。それと同時にちょっと寂しい気分でもある。たまにね。ぼっち感とか、後悔してる事とか浮かんでくるんよ。今日はね。親父のこと。 本気で面白くないからここで閉じてもいいし、見るならサラッと見てね。・・・・親父は職人でね、口数は少なくて背中で語るタイプ。怒られた事は一度もない。本当に優しい人だった。弱音や泣き言も聞いたことない。実家は自営。爺ちゃんが一代で築いた店。爺ちゃんが切り盛りしてたけど、親父が若い頃に爺ちゃんとお兄さんが亡くなって一人で全て背負うことになり、その後凄い苦労しててさ。ちっさい頃は分からなかったけど、社会に出てからそれが分かった。今の自分なら、裏からサポートできたなって思う。子供の頃はそんな直向きに仕事してる姿が好きだったなぁ。 トラックの臭い、土の臭いも好きでね。たまの休日はどっか連れてってくれたりしたな。尊敬してたし、そういう人間になりたかった。けど、調子に乗ってフラフラして、大人になってからは心配ばっかかけてしまった。期待を裏切ってしまった。もっと自慢の息子になれるようにしっかりしてたら良かったな。後悔してももう遅いんだけどさ。そんな親父が良く連れてってくれたお店の焼酎。24で就職して東京出て、一緒に酒飲む機会はほとんどなかった。その時は『いつでもできる』『そのうち』とか思ってたけど、そういうモノってのは手遅れになってから気づくんよ。『あの時やっとけば良かった』ってね。だから、どんな事であれ、後々後悔しないように、思う事をした方がいい。それは、今、本当に思う。そんな事を思い
0
カバー画像

最近よく見る夢

皆様こんにちは!zausuと申します、今日も一日お疲れ様です。毎日のように就活していて、今日がもうバレンタインの日ということも忘れていました(笑)。ところで、皆様はここ最近どんな夢を見ていますか?空を飛んだり怪獣と戦ったり、普通の日常を過ごす夢だったりいろんな夢を見る方も多いのではないでしょうか。夢を見た話については「蛇の夢をみて宝くじを買った話」でも投稿しましたが、今回は最近よく見る夢についてお話させていただきます。さて、最近よく見る夢についてなのですが、どんな夢を見ているのかというと...「中学時代の友人達」と「全く知らない異性」このどちらかが必ず夢に出てきてどこかしらに向かう夢です。実は私zausuにとっては中学時代が人生の中で最も楽しい時期でした。授業も毎日が楽しかったし、全力で遊んで毎日が黄金のような輝きがあったなぁ...と感慨深いです(笑)。その中でも、最近よく見る夢では中学時代によく交流してた同姓、異性の友人が良く夢に出てきます。夢の場面はいつも何処かに向かう途中だったり、日常会話をしていて面白い展開になりそうなところで目が覚めます( ノД`)シクシク…この時期で、毎日のようにスケジュールがあるから昔を思い出に浸りたい気分なのかなと自分のことですが思っています(笑)。たまには、こういう事が夢で続いていても良いのかなと思いました!「知らない異性」が夢によく出ることについてなのですが...怖いっ!中学時代の友人達と何処かに出かけたりするのは、昔に戻りたいのかなと思いますが、お会いしたことのない人と友達になってる設定で何処かに向かってる夢がここ数日で頻繁にあるんですよね
0
カバー画像

台風の思い出話 最終回

1日目のスケジュールが終わり、いよいよ2日目に突入します。 修学旅行2日目のスケジュールは以下の予定になるはずでした。 午前中 沖縄の磯部遊び 遊覧船での遊び 午後 民泊体験 では、実際に2日目はどのようになったのでしょうか... 2日目の朝、6:00頃に目が覚めたそうです。 何故、この時間に目が覚めたかというと..大雨と物凄い風の音で目が覚めたそうです。 ついに、2日目にして台風が上陸してまさにZ達が宿泊していた市に直撃していたみたいです。そして、同時刻にトラブルが発生したそうです。そのトラブルというのは、台風の影響で棟全体が停電したみたいです。その時に朝からシャワーを使ていたルームメイトが冷水のシャワーで体調を崩して風邪をひいたみたいです。朝の7:00頃に緊急で昨晩、夕食に行った食堂で緊急集会が開かれました。 その集会の内容は「台風の影響で民宿先に避難命令が出てとても民宿できる状態ではない」とのことでした。 そりゃ、民宿の人も非難するわなとZは思っていたそうです。 さらに残念なお知らせとして本日2日目のスケジュールはすべて白紙となり2日目はホテルで待機という形となりました。台風が直撃しているのは当然で外にも出れる状態ではないのは明白ですね...ということで2日目の予定はずっとホテルで過ごすことになりました。まさかの2日目のスケジュールは1日中ホテルでトランプやUNOをやったりして、あとは停電が回復した後はテレビを見たりして2日目が終わりました...なんというあっけない2日目...特に面白いこともただ時間が過ぎるのに長く感じたとZは語っていました。以上、2日目終了!!さて、修
0
カバー画像

台風の思い出話Part2

修学旅行の約1か月前にある程度のスケジュールやホテルや民泊先で泊まるメンバーは決まっていたそうです。Zは高校2年目から普通クラスから進学クラスに変わったため、新しいクラスでの友達は限られていました。特にそのクラスでは、4~5チームくらいのグループがあり、グループ内で交友し他のグループとはあまり交流がないみたいです。まるでクラスの中に派閥のような壁があったとZは言っていました。Zはクラスでも控えめな子たちと仲が良く、その子たちとグループを作り沖縄でも楽しもうと話していました。沖縄に関する授業も終わり、いよいよ修学旅行の数週間前を迎えたときに思いもしない事態が発生しました。なんと、台風が発生して沖縄本島に向かっているという情報が流れてきたのです。しかも、その台風の上陸予定はちょうどZが修学旅行に行く日でした..私はZからその話を最初に聞いたときはお気の毒にと思いましたね(笑)台風の情報が出てから修学旅行は中止になるのか、延期になるのかという疑問がありましたがその答えは単純なものでした。「台風でも沖縄に行ったわw」Zは笑いながら語っていました。先生方も会議をした結果、修学旅行の中止や延期はできないという結果になったそうです。さて、ここからはZが経験した普通の修学旅行では味わえないスリル満点な修学旅行のお話です。修学旅行当日、朝5時頃に高校に集合しバスで羽田空港まで向かったそうです。その時にZの住んでいる県はまだ曇り空で雨が時折降っていたそうです。空港に到着して、航空券が配られ荷物検査をして飛行機に搭乗しました。100人近くの学生がまとまって飛行機に乗るので時間もそれなりにかかったみた
0
カバー画像

台風の思い出話 Part1

皆様、こんにちはzausuと申します!今日も一日お疲れ様です。2021年9月18日は台風14号が上陸して朝から通勤通学をしていた方は雨や風で服がびしょ濡れになったりして嫌な気分になったのではないでしょうか?私も今日は昼から大学に向かったのですが、大雨が降ったりやんだりを繰り返し大学につく頃には雨がやんでいました。運が良いのか悪いのか...さて、今日のテーマは「台風の思い出」ということで"ある高校生"が体験した台風の思い出についてお話いたします。今回はその思い出について長く話してしまうかもしれないので、幾つかのPartに分けてその思い出について語っていきます。この思い出話しの中には、非現実的な話もされるかもしれませんがその高校生が体験したことをそのまま語りますので、それが本当だったかどうかは読者様のご判断に委ねます。それでは、思い出話の始まりへ...ある年の10月、高校2年生の「Z」は高校生活のイベントの一つである修学旅行を迎えていました。Zにとってはその修学旅行は高校生活を過ごした中での唯一の楽しみでもありました。Zが行く修学旅行先はなんと、エメラルドグリーンのように輝く美ら海、夏は気温が暖かくアロハシャツを着るのに似合う場所「沖縄」でした。Zは以前に一度、沖縄には行ったことがあるが用事で色々なことをしていたためまともな旅行ではなかった為、今回の修学旅行を凄く楽しみにしていたそうです。学校の授業では、修学旅行前に行く前に事前に沖縄の歴史や文化を知るために沖縄に関する勉強を少しやっていました。沖縄の気候や文化について勉強をしていて特に一番、印象に残っていたことは授業で「さとうきび
0
カバー画像

♪ FG440・独論ならぬ独綴 その1

♪腰の違和感が消えて地べたに座れるようになったので、待望の着手。 今回は十数年振り(※)に、それこそ本腰を入れての作業、楽しみました。 心密かに数十年間適当に探し続ける未満も(?)、現物を目の当たりにしたことが、これまで1度もありませんでした。ネットオークションや海外発信の動画では、その姿を二次元で確認できていましたが、繰り返す通り、オークションは嫌いです。 そんなタイミングで、これまた向こうから近づいて来てくれたかのような展開から、我が狭い塒の極狭スペースに、居場所を確保していました。 ここから今編は、かなり以上にマニアックな内容になります。 ご興味の無い方にとっては退屈極まりない記述も、ここは筆者のブログ。 本人が嬉々として綴っているので、勘弁してやってください。 ♪推定1972~1974年頃生まれの彼女 ← ※ 楽器は "SHE"★ 調整完了 記念の写真をパチリ ようこそ!当時は一大フォークソングブームの真っ只中で、一家に1本はギターが転がっていたような時代でした。 数え切れないほどのブランドが、認識し切れぬほどの多種多様なフォークギターを製造販売していました。 当時は小学校高学年だった筆者、買って欲しくとも叶わず、お小遣いでは到底手が届かず。 大阪梅田までの往復の電車賃だけを握りしめ、楽器店のショーウインドに鼻息と指紋を刻んでは、店員さんにひっぺがされていました ← ※ 実話です 以来約50年間、これまで1度も現物との遭遇が叶わなかった理由を、筆者なりに推察してみました。 今日でこそ通好みとされる、このような小振りなギターですが、当時は 「女・子供・初心者用」 であると
0
カバー画像

令和3年5月17日(月)先負☆今日も笑顔で☆

新しい週が始まりました~☆彡以前のブログで、新入社員時代のお話をしたことがありました続きをお話をしますお付き合いください私の新入社員時代、もう40年近く前ですが 笑また少しお話させていただきますまだ週休2日制になっていなかった時代でのお話です今回は研修時代のお話です当時、景気もバブルの影響で右肩上がり会社の勢いもすごいものでしたたしか、初めて、新卒者50名採用という会社としては、初めての年だったかと思いますそれから数年間は、50名、70名、100名とすごい勢いで会社は成長していきます入社してすぐに大阪へ3カ月の研修がありました実家を離れて生活するのは初めてでしたかなり思い出深い日々を過ごしましたこの研修生活は、私の人生を大きく舵をきることになります☆直営店は北海道から九州、沖縄まで数百店舗を経営していて全国展開をしていた企業した当時は配属先にかかわらず全ての新卒者は、全国に展開している営業部門の事務所・事業所へ(直営店を統括管理している部署)3カ月間の研修が用意されていました東日本に配属予定の新卒は、西日本へ研修西日本に配属予定の新卒は、東日本へ研修といった具合です私は製品開発部門(電気係設計)配属で東京勤務でしたので、大阪の事業所へ大阪研修は6人大阪市内の4LDKマンションの一室をねぐら(笑)として一部屋2人つづの部屋割りで、男ばっかり!そうりゃ~。。。(ご想像通り? 笑)仕事もオフも、毎日充実した日々を送っておりました同期6人、研修が終われば配属先は、ばらばら営業部門、販売部門、製造部門、開発部門(電気・機械)全員、初対面(あたりまえ?)でしたが、息もあって、研修先の事業所
0
カバー画像

漠然と好きを言葉にしてみたシリーズ 新緑ver

皆さまお疲れ様です。 風薫る5月も、20日を過ぎ、ここから、夏の終わりまで、高原は、草の香り、新緑は、水分をぐいぐい吸い上げて、葉の色を濃くしていく、1年で一番好きな季節が、やってきました、グリーンセラピーと称してドライブに行ったり、高原を求めて、旅に出る、素敵なカフェや、レストランで思い出に花をそえ そんな大好きな季節を言葉にしてみそんな皆さんの好きな季節は何ですか?四季それぞれに良さがありますよね!!ぜひ教えて頂きたい!!
0
13 件中 1 - 13
有料ブログの投稿方法はこちら