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「できない私」を責めるのはNG行為だって知ってる?

こんにちは^^実は、私、数字が大の苦手なんですよ。それなのに、会社員として事務や経理の仕事を長年していました。数字を間違わないように正確なものにするために、何度も丁寧に確認していたため、数字が得意な人に比べると出来が遅かったです。会議でも数字のことをいろいろ言われても、何度か自分の頭の中で整理して落とし込まないと理解できなかったんです。でも、一回ですぐに理解できる人っているんですよね。上司は、私の事を『できない人間と思っているのではないか』そんな不安をいつも抱え、「私ってダメな人間だよな」「人に迷惑かけているかも」「人の足を引っ張っているかも」と自分を責めながら、仕事をしていました。でも、得意な人がたくさんいる中で、苦手な私が同じスピードでできるわけがなかったんですよね。それをあれこれ、試行錯誤して努力して、できない日々に落ち込んで、自分を責めてばかりで。これでは、自分らしさが全く生かされませんよね。そんなわけで長い間、生きづらい人生を送っていました。それから、自分の得意な事や好きなことをとことん考えたんです。そして、私の幼い頃に得意だったことは、絵を描くこと。好きなことは、音楽を聴くこと。感受性が豊かな子供だったことを思い出しました。楽曲は、その時の気分で幅広いジャンルの中から、選んでいました。そのことに気づいてから、休みの日は、好きなことや興味のあることをする時間をなるべく増やしていきました。美術館巡りをして芸術に触れたり、好きな音楽を聴く時間を増やしていきました。そのような時間を増やすことで、感性が研ぎ澄まされていきました。そして、気づいたら、YoutubeやSNSで動画
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自信は要らない。

初めて投稿してみたブログですが、私自身が思った事を書いてみようと思います。自信がなくて…もっと自信があったら〇〇出来るのに…かつての私もそのように、散々思い、悩み、苦しみ、いつも自信のない自分でした。巷でもそのような情報で溢れており、私自身も自己肯定感を高めようとチャレンジしていたのです。ところが、自己肯定感が高まったのは良いのですが、結果的に自分自身に何が起こったかと言うと…傲慢さや相手への配慮が欠け始めたのです。そんな自分への違和感や恐怖を感じ、自己反省をし、また悩み始めました。困った…結果的に出た答えは、【自信は必要ない】と思ったのです。むしろ、扱い慣れないものに翻弄され、邪魔になり始めていたのです。目の前で起こる事は、自分の内側の反映を見せてくれます。当たり前に、私の目の前に広がる現状には、マウントする人達が現れるようになりました。傲慢さの表れですね。。では、どうしたら自信がないと言う悩みから開放されるのだろうか。。。そこで、シンプルに、無の私と言う【自分】を信頼したり、信じてみようと思ったのです。今までの私は、スキルや経歴など、自分自身ではない【何か】に頼った自己肯定感の高さで自信をつけていたのです。これでは、常に何かを得る為だけに邁進しているだけです。後ろを振り返れば、それは誰もが追いつけないような場所に一人でポツンと佇んでいるようなものだったのです。決してそれが悪い事ではありませんが、結果的に沢山のスキルや経歴を得たとしても、【何か】が無いと自分が自分自身を認める事が出来なかったのです。勿論、最低1つは胸を張れる【何か】は必要かもしれません。これは、ご飯を食べたり
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