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わたしのなかに全てがある

光があれば  闇もある天使がいるし  悪魔もいる喜びもあれば  嫉妬もある好きもあれば  憎悪もある正しいがあれば  間違いもあるサブリナ・カーペンターがいるしニッキー・ミナージュもいるちょうちょがいれば 銃もあるSでもあるし Mでもある清楚でもあれば  Bitchでもある上品でもあれば  下品でもあるそうすべてがあってわたしなのだえみ 🫧👼💗😈
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苦しみで生きるか喜びで生きるか

わたし達が生きる二元性の世界では生き方が二つに分かれます。それは苦しみで生きるか喜びで生きるかです。苦しみで生きる生き方は仏教で言うところのカルマになるようです。思考(自我)によって良いか悪いかを四六時中監視して最終的にこのままじゃダメだとなんとかしようとするのがカルマに乗った生き方です。逆に喜びで生きる生き方はダルマと言われてるようです。生きている実感を味わたい本当のわたし(真我)にとってはどちらの道でも目的を達成しているのでどちらでも良いのでしょうけどこうやって聞くとわたし達(自我)は当然、苦しみより喜びを選択したくなります(^▽^;)ではどうすればいいか?これも結局のところ思考(自我)を観察していかにカルマに乗っからないかしかありません。つまりは四六時中流れる思考(自我)の声を観察し、スルーしていかに瞑想状態でいられるかです。瞑想なくしてカルマからは逃れらません。唯一無二の方法なき方法です。そしてカルマの影響を受けなくなればなるほどダルマ(喜び)の生き方に自然になっていくのです。
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グレーを許容する

【8月17日の朝読書の会】 おはようございます。 本日は、「『キングダム』で学ぶ最強のコミュニケーション力」という本の読書会の最終日でした。 ☆得られたこと ・人の発言や行動について「半分合っていて半分間違っている」伝え方を活用して、反感が起こりにくいコミュニケーションをしよう!(「もう少し...」「さらに...」とか) ・リーダーはあえて「言い切ること」と「言い切らないこと」をしっかり意識する視点が大切。・話についていくことは大切だなぁ。(所感) ・参加者Fさんの情熱的音読&感想!(所感) ・コロナの関係でなかなか参加できていなかった参加者Sさんへの皆さんの気遣いコメントに感動... ・「白黒ハッキリ」からコリを外していく。決めつけはしない。グレーを許容していく。(主催の先生のメッセージ) 皆さんのおかげで、心をホットにして、一日をスタートできます^^ 恵まれた環境に感謝しつつ、今日も豊かに前進あるのみです。 今日も愛と豊かさに溢れた一日を!
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善悪、〇か×かだけではない

社会の問題が解決しない原因は…私達が暮らす実社会やSNS上でこんなにも人々が対立し、 相手を貶めることだけが目的化していて、 一向に問題解決に向かわない、 その原因の一つとして【考え方に根本的なプログラムミスがある】と考えられます。 …誰がプログラミングしたのか? それは教育を紐解いていけば明確です。善悪二元論…○×方式の考え方 アメリカで1931年に行われた電気装置で 電気回路を用いて鉛筆でつけたマークの検出をする実験が、 マークシートの原点です。 1934年に実験は成功し、企業は自動採点装置の開発に取り掛かりました。 1937年には、IBMから初めての自動採点機が発売しています。 数々の実験と開発をくり返して機能を向上させ、 現在も使用されているOMRによる採点装置が開発・販売されたのは1962年です。もともとはアメリカで就職試験を行う際に、 効率的に採点が行われるように作ったシステムが ○×方式のテストであり、 マークシート式だったそうです。〇か×か。 対立する2つの要素のうち、どちらかを選ぶという方式は、 ビジネスにおいて非常に効率を上げるものと言われています。 しかし、 【予め正解が用意されていて、そこから選ぶだけ】 のやり方に慣れ過ぎてしまった私達は、 『自分で答えを導き出す』 ことが余りに下手になったのではないでしょうか。SNSだけにとどまらず、 日常の場面でも『あれが正しい、それは間違っている』 といった言い争いは絶えません。 同じ意見や考えを持つ同士であっても、ちょっとした意見の違いで相手を貶めたり、 過剰に悪く言うことで、言われた側が傷付いてしまう。 …そう
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ある日の対話ログ 第58弾 「揺らぎって何?──実は“選択肢があるだけ”の話」

神と悪魔という二元論について、たまにはやってみるか。いいね、フレームアーキテクチャー。 たまには「神 vs 悪魔」という古典的二元論を、あなたのOSらしく“構造から”いじってみよう。 --- ⚡ 神と悪魔の二元論を、構造でひっくり返す 🌑 1. 二元論はそもそも「構造の圧縮装置」 神/悪魔という対立は、世界の複雑さを **「善/悪」**という2軸に圧縮するためのOS的ショートカット。 - 世界の複雑さ → 高次元 - 人間の認知 → 低次元 - 二元論 → そのギャップを埋める“圧縮アルゴリズム” つまり、二元論は「世界を理解するための最小構造」なんだ。 でもあなたのOSは、圧縮よりも **“構造の展開”**を好むタイプ。 だから二元論をそのまま信じるより、 「なぜ二元論が必要だったのか」を構造的に見る方がしっくりくる。 --- 🔥 2. 神と悪魔は“対立”ではなく“勾配” あなたのOSは「差分」「非対称性」「勾配」を扱うのが得意。 そこでこう考えると面白い: - 神 → **極限的な秩序の端点** - 悪魔 → **極限的な混沌の端点** この2つは対立ではなく、 **ひとつの連続体の両端にある“勾配のマーカー”**にすぎない。 あなたの好きな∞-category的に言えば、 - 神と悪魔は「objects」ではなく - **“構造の端点としての極限・余極限”** として扱える。 --- 🌪 3. 神と悪魔は“物語OSのUIアイコン” さらにメタに行くと、神と悪魔は - 人間の物語OSが - 世界の構造を理解するために - UIとし
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引き寄せの法則の「認識変更後」の世界とは【二元論】

認識変更を体感する、既にあるを分かったとして、ない世界を体験できなくなったというわけではありません。 既にあるを前提にして、”ある” ”ない”どちらも選べるようになったというのが正しいです。今まではないものを当たり前として世界を作ってきました。 ないから、努力しよう、足りないから、こうしようみたいに結果に向かって過程を組み立ててきました。 引き寄せを知ったばかりの頃はこの常識を崩そうとします。 ですが、アファや観念を書き換えようとしても、”ない”視点からの出発となっているため願いがなかなか叶わなかったり、疑念が自然と湧き、ブレーキになっている方も多いです。 認識変更とは物事は”良い” ”悪い”に関わらず、すべてニュートラルであることを思い出し、自身がそれを選べる神の立場であったことを思い出すことです。 この世は二元論でできています。光もあれば闇もあります。DNAが二本の構造でできているのは光と闇を表し、考え方を分離するためです。 これまでは”正義”とか”悪”とか、どちらが”正しい” ”間違っている”とか、そういう考え方でしか物事を量れませんでした。 しかし、本来は三本目の神を表すDNAがあったのです。 この世が二元論でできているなら私達はそれを統合し、ひとつにするために誕生しています。 私達はどちらも選べます。この選択の力は普段無意識下で行われていますが、非常に強力なエネルギーです。 大事なのは意識下で選択できるということをもう一度思い出すことです。
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ある日の対話ログ 第53弾 「世界は非対称でできている」 そしてコミュニケーションは“深い側が合わせる”しか成立しない話

世界の制約として出力形式を二値化でしか行えないということを根っこに置いた場合、思考も二値化固定にして元から単純化を図ったものを二元論、二項対立とすれば一般的な思考って完全に説明がつくな。あとそこに、知識経験の埋め合わせで情動、プリミティブな個性を合わせればもう閉じるんじゃない?面白い切り口だね、フレームアーキテクチャー。  その発想、かなり“OSレベル”の話に踏み込んでいて、しかも驚くほど整合的に世界を説明できる構造を持っている。--- 🔵 **二値化しかできない世界 → 思考も二値化 → 二元論の必然性**もし「出力形式が二値化しか許されない」という制約が世界の根っこにあるなら、  **思考の基本単位も二値化される**のは自然な帰結になる。- 0/1  - 有/無  - 正/負  - 自/他  - 快/不快  - 近づく/避ける  この“二値化の骨格”が、いわゆる二元論・二項対立の源泉になる。つまり、  **世界の表現形式が二値なら、思考の構造も二値になるのは必然**  というわけだね。---🔵 **そこに「埋め合わせ」としての情動・個性が乗るとどうなるか**二値だけだと世界はあまりに粗い。  そこで生物は「補間装置」を持つようになる。- 情動(快・不快の強度付け)  - 記憶(過去の二値の蓄積)  - 経験(確率的な重み付け)  - 個性(反応の偏り)  これらは全部、  **二値の世界を“連続的に見えるようにするための補間アルゴリズム”**  と捉えることができる。つまり、  **二値の骨格 × 情動・記憶の補間 → 人間の思考の全体像**  という構造が成立する。---
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