絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

5 件中 1 - 5 件表示
カバー画像

気を遣う人ほど疲れる理由|問題は「やり方」ではなかった

1.「周囲に気を遣う」とは、あなたにとってどんな意味を持っている? 周囲へ気を遣うのは、人と関わるうえで重要な要素です。 家族でも、友人でも。同僚でも、公共の場でも。SNSでもそうです。 気を遣うことができなければ周りは不快に感じるだろうし、それはあなたへの評価に跳ね返ります。その怖さを充分に理解しているから、あなたは気を遣う。 ここまでは一般論です。 では、あなたにとって「周囲に気を遣う」とはどんな意味を持っているのでしょうか。 意味1:____________________意味2:____________________ 意味3:____________________ 恐らく過去に「周囲に気を遣う」ことを重視したことで得られた体験、実績、成功、学びがあったから、ではないでしょうか。それを思い出してください。 2.あなたが周りに気を遣うことで、何が起きている? 気を遣うことはあなたにとって大事な意味を持っていた。 だからどんな時でも周りに気を遣い続けた。 正しいことをやっている、なのに自分の手に残るのは疲労感。 『どうしてなんだろう。やり方が悪いのかな、足らないのかな』 などと悩んでいるのだと思います。 やり方や努力量に手を付ける前に、まずは今何が起きているのか、を振り返りましょう。 周りに気を遣うことで、今実際に何が起きているのか。 ①周りへの影響 以下について考えてみてください。 周囲から掛けられる言葉:_________________周囲があなたへ持つ印象:_________________ あなたが居るときどんな問題が起きるか、または起きていないか: _____
0
カバー画像

あなたが最近ずっと疲れている理由は、気力が弱っているのではない

生きることを、自分に許していないからです今、これを読んでいるあなたは、正直に言うと最近ずっとしんどいのではないでしょうか?朝起きても体が重く感じる。何をしても楽しくない。未来のことを考えようとすると、胸の奥が苦しくなってしまう。誰にも言っていないけれど、本当は生きるのが少し面倒になってきているはずです。ですが、これはあなたの弱さのせいではありません。本当の理由は、あなたが今、本音を押し殺したまま生き延びようとしていて、もう限界だからです。いつの間にか、あなたは生きるために死んでいる状態になっていますあなたがこれまで続けてきたことは、生きるための努力ではなく「生き延びるための努力」でした。我慢気遣い責任義務空気を読むこと犠牲期待に応えることこれらを、あなたは自分をすり減らしながら続けてきました。しかし、その結果として、あなたは今、自分の人生の主役から外れかけている状態です。体が動かないやる気が出ない眠気が強い何も考えられないこれらはすべて、魂があなたに送っている緊急サインです。「これ以上はもう無理!」と内側から叫んでいるのです。あなたの第1チャクラは弱っているのではありませんずっとあなたを守るために戦ってきたのです生きる力がないと思い込んでおられるかもしれませんが、それは大きな誤解です。むしろ逆です。あなたの第1チャクラは、あなたを守るために、長い間ずっと戦ってきました。本当は逃げたい場所にも留まり、本当は切りたい縁も切らず、本当は辞めたいことを抱え続け、本当は限界でも立ち続けてきました。あなたの第1チャクラは、あなたが倒れないように働き続けてきたのです。だから今、限界に達してい
0
カバー画像

気を遣いすぎない練習~悪いな→ありがとうへ

以前までのわたしは、人に気を遣いすぎて空回りするタイプでした。例えばコンビニのレジで後ろに人が並んでいると「後ろの人を待たせてはいけない」と焦ったり、車で道を挟んでお店に入るときにも、「後ろの車を待たせてはいけない」と焦ったり。スポーツでもミスをするとすぐ「ごめん」と謝ったり。。人に迷惑をかけてはいけない、という気持ちが強すぎて、いつも気を遣っていました。でも、それって逆に自分に気を遣っていない、ということに気が付きました。それからというもの、「人に迷惑がかかるかも」ということを「人に迷惑がかかったならそれは仕方がない」と考える練習を付けることにしました。つまり、コンビニで人を待たせていても、車が後ろに並んでいても、必要以上に焦らないようにしました。具体的に言うと「待たせて悪い」という考えを「待ってくれてありがとう」に変えたのです。スポーツでミスをしたきも「ごめん」ではなく「ドンマイ」と自分に声を変えるようにしました。そうしていくうち、そんなに人に気を遣わなくても全然平気なんだな、ということが分かりました。今でも少しは気を遣いますが、あまり遠慮をしたりとか、必要以上に気を遣ったり謝ったりはしなくなりました。そしてその分、自分の自己受容と自信がつきました。気を遣いすぎる人はまず、気を遣っていることに対して自覚をして、それをありがとうへ変化できないか考えてみると良いです^^
0
カバー画像

家庭や友人との関係が整うと、心が少し軽くなる ──やる気は、安心できる場所から戻ってくる

◆「身近な人」ほど、気を遣いすぎてしまう家族や友人。一番近くにいるはずの人に対して、なぜか一番気を遣ってしまう。言いたいことを飲み込んだり、空気を読んで笑ったり、本音を後回しにしたり。「波風を立てたくない」その思いが強いほど、心は少しずつ疲れていきます。◆家庭や友人関係での疲れは、表に出にくい職場のように、はっきりとした役割や区切りがない分、家庭や友人関係の疲れは見えにくい。でも、我慢が積み重なると、理由の分からないイライラや、やる気の低下として表れます。「何もしたくない」と感じるとき、それは怠けではありません。心が消耗しているサインです。◆安心できる関係が、意欲を支えている人は、安心できる人間関係の中でしか、本当の意味で元気になれません。否定されない。無理をしなくていい。そのままで受け止めてもらえる。こうした関係があると、人は自然と前を向けるようになります。モチベーションは、誰かに認められようとして、生まれるものではないのです。◆人間関係を良くするために、頑張らなくていい関係を良くしようとすると、つい「自分が変わらなきゃ」と思ってしまう。でも実は、頑張りすぎないことの方が大切です。全部理解しようとしない。全部受け止めようとしない。完璧な対応を目指さない。それだけで、関係は少しずつ楽になります。◆「いい人」でいようとするほど、距離が歪む優しさは大切です。でも、我慢と引き換えの優しさは、心を苦しくします。本当は疲れているのに元気なふりをする。納得していないのに、合わせてしまう。こうした積み重ねは、関係に見えない歪みを生みます。◆自分の状態を整えることが、関係を整える近道誰かとの関
0
カバー画像

形を変えて受け入れるということ

最近、義母の食事の内容が変わってきています。以前はご飯オンリーだったのですが、最近はパン食に切り替わってきています。何故??今までご飯ばかりで、パンにはあまり興味を持たなかったのに…と不思議に思っていました。食事の時によく観察していたら、だんだんと嚙む力が弱くなっている又は、口の中で食べにくいものが増えている様子でした。普通に食べていたものが、固いと感じて噛めなくなっているので、自然と柔らかい物へ食べる物が移行している感じです。体に良いからと、白米を玄米に変え、出来るだけ栄養がまんべんなく取れるようにしたのですが、玄米を柔らかくしたいが為に、過剰な水を入れて炊くようになってしまいました。高年齢になっていくと、嚙み砕く力が弱まっていくというのは、何も口に入れる物ばかりではないようで、話をしても理解してもらえる状況ではないので、あまりややこしい話はしないようになってきています。今の所は何とか形があるものがまだ食べられるので、何とか考えながら食事の対応をしていこうと思いますが、こうやってだんだんと老化していくのねと義母が目の前で見せてくれています。受け入れる柔軟さということも、老化と共に受け入れることが難しくなっていくのでしょう。最終的には、自分オンリーの生き方、考え方がメインになっていき、昔の話ばかりするようになるのかもしれません。全てが頑なになり、その時その時の人生を楽しめなくなると私は困るのでそこは何とか避けるように気を付けて生きていこうと思います。(^^;)私達夫婦もこの先どうなるかわかりませんが、いつまでも美味しいものを食べ、柔軟性を持ち、どんなことでも可能な限り受け入れら
0
5 件中 1 - 5