あなたは、こう考えたことはないでしょうか。
日本人の国民性とも言われる
・几帳面
・勤勉
・忍耐
・献身
・まじめ
・和を大切にする姿勢
こうした性格は、
本当に「悪いもの」なのだろうか、と。
現代では、
「真面目な人ほど、うつ病になりやすい」
という言葉を耳にすることがあります。
そして時に、
日本的精神文化である
禅や武士道の価値観までもが、
「人を苦しめる原因」
のように語られることがあります。
確かに、日本社会には、
長時間労働、同調圧力、過剰な自己犠牲
といった問題が存在してきました。
その結果、
心を病んでしまう人がいたことも事実です。
しかし一方で、
日本人が古くから大切にしてきた
誠実さ・責任感・協調性・勤勉さは、
日本の高度経済成長のエンジンであり
世界でも高く評価されてきた価値観でもありました。
実際、幕末から明治初期に来日した多くの外国人は、
日本人の礼儀正しさ、勤勉さ、穏やかさに驚いています。
「日本は貧しいが、不幸には見えない」
そう記録した外国人もいました。
では、なぜ現代では、
「日本人的美徳=危険因子」
のように語られることが増えたのでしょうか。
その背景として語られるのが、
精神医学で知られる
「メランコリー親和型性格」
という考え方。
これは、
責任感が強く、
秩序を重んじ、
過剰に役割へ適応しようとする人格傾向が、
「うつ病」と関係する可能性を示したものです。
ただし重要なのは、
この概念が本来、
誰が見ても重症レベル
しかも入院患者
に限っていたという点です。
ところが
日本では「真面目な日本人全般」へ広げられたため
「広く適用されすぎているのではないか」という批判も多くあります。
実際、精神医療や禁断症状の強いSSRIが急速に広がったキッカケは
「うつは心の風邪」という言葉なのですが、
この過程について、
Ethan Watters氏は、
「アメリカ型精神医療モデルが世界へ輸出された」
と問題提起しています。
もちろん、
だからといって、
「精神医療はすべて間違い」
「薬はすべて悪」
と言いたいわけではありません。
実際、薬によって救われた人もいたことと思います。
ただ一方で、
本来、社会問題・文化問題・人生問題として捉えられていた苦しみまで、
「脳内物質の問題」として説明されやすくなった面があるのも事実です。
例えば、
・失業
・失恋
・大切な人との別れ
・受験の失敗
・生きがいの喪失
によって心が苦しくなることは、
人間として自然な側面もあります。
もちろん、
深刻であれば適切な治療が必要かもしれません。
しかし同時に、
「人は何によって心を病み、
何によって回復するのか」を考える時、
薬だけでなく、
その人の
・仕事観
・人との関係性
・生きる目的
・精神性など
について考えることは
本来、非常に大切なのではないでしょうか。
痛みが深ければ深いほど
放置していたら、取り返しのつかないことになりますから。
現代社会は「心の痛み」を医学として扱うようになった一方で、
「人間の苦悩そのもの」を
過度に病理化する危険性も抱えているのかもしれません。
だからこそ今、必要なのは、
政府、マスコミ、専門家、エビデンスを盲信することでも、
逆に全面否定することでもなく、
自分自身の頭で、
人間とは何か、
幸福とは何か、
働くとは何かを、
静かに考え直すことなのではないでしょうか。
世界最高峰の医学雑誌ですら科学誌ではなく、製薬会社・プロパガンダの器だ
―――アメリカ保健福祉長官Robert F. Kennedy Jr.
※アメリカ医療行政のトップ
―――医学雑誌『ランセット』の編集長 Richard Horton
※ランセット(The Lancet)は最も評価の高い世界五大医学雑誌
ネイチャー、サイエンスの論文の9割は"嘘"
―――本庶 佑(ほんじょ たすく)
※ノーベル生理学・医学賞を受賞