本来、「自分の価値観で生きること」と「相手のために動くこと」は、切り離されるものではありません。
成熟した状態では、この二つは自然に一致します。
しかし、「今だけ・金だけ・自分だけ」という生き方が習慣化した人が、
心を改めて利他の姿勢で生きようとしても、そうは簡単にはいきません。
そこで、次の二つのアプローチに分けて考えてみます。
A)常に「自分がどう振る舞うか」だけを基準に行動する
(=“自分の内側”からのみ物事を見ている)
→結果として、自分の価値観で行動している
B)常に相手を見て、「相手のために何ができるか」を考えて行動する
(=“相手という外側”を通して判断している)
→結果として、やはり自分の価値観で行動している
重要なのは、AもBも、最終的には「自分の価値観」に基づいて行動しているという点です。
ただ、Aは最初から自分視点なのでそういわれても違和感はありませんが、
Bについては自己犠牲に見えて納得しづらいかもしれません。
しかし、そう感じるのは「愛のかたち」が一つではないことを見落としているからです。
「相手のために行動する」とは、
単に相手の望みをそのまま満たすことではありません。
「本当に相手の幸せにつながること」であれば、
たとえ相手が望んでいないことであっても、あえてその行動をする。
その選択も含まれているからです。
つまりBは、
いわゆる“迎合”ではなく、“主体的な利他”。
相手軸で考えているようでいて、
実際には強い自分の軸を持った状態なのです。
相手という外側を通して、
「今、自分は何をすべきか」を、自らの価値観で選び取っている。
ただし、このBの行動には次のような課題があります。
① 「相手の求めていること」を正確に観察できているか
② それを満たすことが、本当に相手のためになるのか
(短期ではなく、「長期的な幸福」につながるか)
③ 「短期的に嫌われる可能性」を受け入れられるのか
実際には、「相手のため」と思っていても、
単なる価値観の押し付けになってしまう危険もあります。
ただ、
それでもなお、常に自分の内側だけで判断するAに比べれば、
Bのほうが一歩前進していると言えるでしょう。
もし「今だけ金だけ自分だけ」という自分本位の生き方から抜け出し、
利他の姿勢を身につけたいのであれば、
「これは本当に相手のためになるのか?」と問い続ける習慣を持つことは非常に有効です。
この問いを繰り返す中で、
やがて「自分の価値観で生きること」と「相手のために動くこと」は対立しなくなり、
自然と一つに統合されていくはずだからです。
【ご参考】
●利他と自分軸は対立しない
●「相手のために動く人」が、実は一番ブレない
●自分の価値観で生きながら、相手のために動くということ