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結果を分けるのは『努力』ではなく、『在り方』

どれだけ努力しても、それだけで幸せになれるとは限りません。それどころか努力するほど幸せが遠のくことすらあります。例えば、恋愛。例えば、お金(ビジネス)。そこで、あなたがうまくいかないのは「あなたの人間性に問題があるからだ」なんて言ったら、やっぱり反発を感じる人もいますよね。ですが、その理由はとてもシンプルです。まず恋愛。素敵な女性と出会ったとき、いきなり距離を詰めてホテルに誘ったらどうなるでしょうか?どれだけあなたが魅力的でも、警戒されて距離を取られるはずです。次にビジネス。営業マンが、説明もなく「契約してください」と迫ったらどうなるでしょうか?どれだけ良い商品でも、相手は身を守り、断ります。では、どうすればいいのでしょうか?答えはシンプルです。「先に与えること(価値を提供すること)」先に価値を提供することで、・信頼が生まれる・心理的な余裕が生まれる・相手が自発的に関わりたくなるその結果として、相手から自然に“あなたが望んでいたもの”が返ってくるのです。ここで一歩踏み込んで考えてみましょう。ビジネスで成功するのは、次のどちらでしょうか?A)『今だけ・金だけ・自分だけ』という姿勢B)『先に貢献し、結果として利益は後からついてくる』という姿勢Aは、短期的には得をすることがあります。しかし、信頼が蓄積されないため、人は離れていきます。その結果、力や圧で人を動かそうとする悪循環に陥るのです。一方Bは、目先では損に見えることがあっても、最終的に信頼が積み上がります。その結果、人が自然と集まり、相手の意思で『あなたが望んでいた価値』が返ってくるのです。要するに、幸せは「奪うもの」ではなく、
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『利他』と『自分軸』は対立しない

本来、「自分の価値観で生きること」と「相手のために動くこと」は、切り離されるものではありません。成熟した状態では、この二つは自然に一致します。しかし、「今だけ・金だけ・自分だけ」という生き方が習慣化した人が、心を改めて利他の姿勢で生きようとしても、そうは簡単にはいきません。※仮に損得勘定で考えても 利他の姿勢で生きた方が得だということは過去にご説明しました。そこで、次の二つのアプローチに分けて考えてみます。A)常に「自分がどう振る舞うか」だけを基準に行動する(=“自分の内側”からのみ物事を見ている) →結果として、自分の価値観で行動しているB)常に相手を見て、「相手のために何ができるか」を考えて行動する(=“相手という外側”を通して判断している) →結果として、やはり自分の価値観で行動している重要なのは、AもBも、最終的には「自分の価値観」に基づいて行動しているという点です。ただそうは言っても、Bは自己犠牲に見えて納得しづらいかもしれません。Aは最初から自分視点なので違和感はありませんが。しかし、そう感じるのは「愛のかたち」が一つではないことを見落としているからです。「相手のために行動する」とは、単に相手の望みをそのまま満たすことではありません。「本当に相手の幸せにつながること」であれば、たとえ相手が望んでいないことであっても、あえてその行動をする。その選択も含まれているからです。つまりBは、いわゆる“迎合”ではなく、“主体的な利他”。相手軸で考えているようでいて、実際には強い自分の軸を持った状態。相手という外側を通して、「今、自分は何をすべきか」を、自らの価値観で選び取ってい
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最も楽に人生を生きる方法は?

かつて孟子はこう言いました。『人間としてなすべきこと』を踏み行い、大道を歩めば、 思いわずらうことのない堂々とした人生を切り拓く事ができる。 (天爵を修めて人爵これに従う)そんなことを言うと現代の多くの人は笑います。最も楽に人生を生きる方法は『今だけ、金だけ、自分だけ』だというのです。 しかし、そうでしょうか? 実際のところ、『高い品格を備えた人』は、不安・怒り・恐れ・嫉妬といった感情に振り回されず、愛や感謝をもって行動していますよね。 反対に『低い品格の人』は身勝手で、怒りや不安といった感情に振り回されています。 最新の科学である『量子力学』でも説明できるのですが、 ◎『恐れ』の波動にある場合、 『恐れ』のエネルギーと共鳴し、  『恐れを抱く出来事』を引き寄せる。 ◎『怒り』を抱く場合、 『怒り』のエネルギーと共鳴し、  『怒りを抱く出来事』を引き寄せる。 ◎『愛』や『感謝』の波動にある場合、 『愛』や『感謝』のエネルギーと共鳴し、 『愛に満ちた出来事』と自然に出会う。 つまり、不安・怒り・恐れ・嫉妬といった感情を克服できるようになり、心から愛や感謝の状態でいられる高い品格を備えると、周囲のサポートも得られ、幸福になれるということです。これはまさに『天爵(最高品性)を修めて人爵(地位・お金・栄誉等)これに従う』ではないでしょうか? そもそも『今だけ、金だけ、自分だけ』だといって誰かを欺いて得た幸福に意味などあるのでしょうか?いつバレるかわからない。いつ足元を救われるかわからない。いつ復讐されるかわからない。そんな恐怖を抱えながら生きている。 私に言わせればそんなものは幸福と呼
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