人生はミルフィーユのようなもの

記事
コラム
他人の不幸には泣ける、泣いていい。
しかし、自分の不運には受け止めて立ち向かっていくしかない。
逃げても逃げ切れるものじゃない。

だから、他人の不幸は自分が泣くために必要だ。
ここで我慢して泣かないと、いつか張りつめたこころの琴線は切れる。
他人事だからその時泣いても夜がくれば眠たくなるし、次の朝にはパンを食べたくなる。 誰も純粋に他人の不幸を共有できない。

これでいい。
これだから生きていける。

人はいつも自分と比較して、他人の不幸ばなしを聴いている。
聴いてる瞬間は自分の不幸から逃れられる。
だから、聴きたい不幸は自分より過酷な運命を選ぶ。
だから、世の中に「闘病話」が蔓延する。

でもそんな自分を赦そう。

そして、本当に辛くなったら笑って逃げ切る

過酷な運命に立ち向かった人を世の中は賛美するが
当の本人は果たしてどう思ったか 、亡くなった人に聞くことも出来ない。

立ち向かう勇気を否定しない

笑って逃げ切る狡さも否定しない



人生は、ミルフィーユのようなもの
勇気や狡さが何層にも重なっている
その層の中には甘いクリームが入っていたり、所どころイチゴが挟まっていたりする。

その色彩が人生を彩る。



軽やかに暮らすために

windy-5940755_1280.png

生きる目的を探すことも必要。でも、今は生きたい理由があるだけで幸せだ。そんな軽やかに暮らすために集めたコラム。



サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら