他人の不幸には泣ける、泣いていい。
しかし、自分の不運には受け止めて立ち向かっていくしかない。
逃げても逃げ切れるものじゃない。
だから、他人の不幸は自分が泣くために必要だ。
ここで我慢して泣かないと、いつか張りつめたこころの琴線は切れる。
他人事だからその時泣いても夜がくれば眠たくなるし、次の朝にはパンを食べたくなる。 誰も純粋に他人の不幸を共有できない。
これでいい。
これだから生きていける。
人はいつも自分と比較して、他人の不幸ばなしを聴いている。
聴いてる瞬間は自分の不幸から逃れられる。
だから、聴きたい不幸は自分より過酷な運命を選ぶ。
だから、世の中に「闘病話」が蔓延する。
でもそんな自分を赦そう。
そして、本当に辛くなったら笑って逃げ切る
過酷な運命に立ち向かった人を世の中は賛美するが
当の本人は果たしてどう思ったか 、亡くなった人に聞くことも出来ない。
立ち向かう勇気を否定しない
笑って逃げ切る狡さも否定しない
人生は、ミルフィーユのようなもの
勇気や狡さが何層にも重なっている
その層の中には甘いクリームが入っていたり、所どころイチゴが挟まっていたりする。
その色彩が人生を彩る。
軽やかに暮らすために
生きる目的を探すことも必要。でも、今は生きたい理由があるだけで幸せだ。そんな軽やかに暮らすために集めたコラム。