もやっとしている課題

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コラム
技術が進歩すると出来ることがどんどん多くなっていく。
進歩は歓迎する。誰もがそれを目指してきた。

でも同時に「もやっとしている課題」も生まれる。
映画やアニメで見るような未来になっていくのか?
すべてがバラ色で明るい将来になるのか?
このまま進むと世の中はどうなるのか?
望んでいたのにもやっとしている。

こちらから歩いていくのが進歩なら、元々「こうありたいと想う世界」が別にあって、それが意思を持って近づいてくるという感覚もある。

進歩は望んで自分から向かうこと、「こうありたいと想う世界」は、自分たちが作り上げた進歩の先にある未来のような気もするが、どこか別の、誰か(別の自分)の意思で押し出されたモノのような気もする。

「進歩の先にある未来」と「こうありたいと想う世界」

「目指すべきはここですか?」と進歩の途中で何度も疑問を繰り返す。
「このまま行けば、こんな社会になりますよ」と未来社会を何度もデザインする。

進歩は「こうありたいと想う世界」に近づいていますか?
それとも勝手に歩きだしていませんか?
違う方向を目指していませんか?

具体的にデザインされた環境やモノが街にあふれたとき、心だけがとり残され、自分がどこにいるのか、足元が大地と繋がっていない、宙に浮いているような気になっていませんか?


「出来ればいいな」」と想像していたことが、どんどん「出来ること」になっていく。

それが出来たときどんな世界になっているのか?

「こうありたいと想う世界」に近づいているのか?それとも「出来たこと」をベースにして違う世界を夢見ていないか?

こんな世界を夢見てた、だろうか?




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