静かな始まり

記事
コラム
茶道では、お茶を立てるとき「縁切り」という動作がある
奄美のユタもユタになるとき
それまでの家族との縁を切る縁切りをする
本当に縁を切っちゃうわけじゃないけど
これまでの家族としての役割りより
ユタとして生きるが濃くなっていくのだろう

これは今、私たちにもあるのではないかと思う
家族の役割り、一員としての私ではなく
私の個として生きていく
何かになるとかいうのでもなく
ただ、私として在る

今までの家族が、前世だったかのように感じられる瞬間がある。

切れたわけじゃない。
ただ、重心が変わっただけ。

家族の一員としての私から、
「私」として在る私へ。

そんな新たな私としての始まりが、
静かに、もう始まっている。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら