意外と気づいていない人も多いのが「受け取り下手」な性格。
誰かにプレゼントするのは得意、割り勘の時に多めに払うのも得意。払う、出すはそれほど苦手ではない人で、受け取り下手が多い。
かくいう私もその一人。
友人にご馳走するのはできても、「今日は〇〇してくれたら私が出すよ。」と言われると途端に「いやいや〇〇はわたしも気持ちだから、それとこれとは別だよ。」と「でも」「いやいや」「そんなことは」といい訳が始まるのです。
受け取り下手な人は、そしてそれが特にお金に換算できることを受け取るのが下手な人は「父親との関係」を見直しましょうというアドバイザーの方もいらっしゃいます。
父親、家の大黒柱です。お金を稼いで来る人。もっと大きく考えると、その家の中の一番の人ですから、ある意味、神様と同じなんです。子どもの頃の印象ですよ。子どもの頃の絶対神だったはずのお父さんなんです。
そのお父さんからの愛情を本当に小さな頃はちゃんと受け取っていたはずが、ある時期から「お父さん臭い」「お父さん嫌い」となったのはなぜでしょう?
それは母親の仕業です。母親が自分の思う通りに旦那からの愛情を受け取れないので拗ねて子どもにまで受け取りを拒否するように仕組むけたのです。
なので、「お父さんに愛してもらいましたか?」と聞くと、そういう人達はだいたい「かわいがってはもらいましたけど」「そういう時もあったけど」「いや~毒親でしたから」と否定するか、一部肯定しても最後に「でも」が入ります。
そこがお金に対するイメージなんだと思います。
「お金は入ってきて欲しい。でも、お金がある=幸せじゃないし。」
「お給料はあげて欲しい。でも仕事が増えるのは嫌だし。」
「宝くじ当たってほしい。でも当たったら親戚増えるんでしょ?」
などと、今のあなたのお金に対するイメージも「でも」が必ずおまけになって受け取ることが難しくなっているのです。
お父さんは絶対です。神様です。何も間違っていません。不滅の愛をイメージの中だけでいいのでその愛情を注いでもらって何の条件もつけずに受け取ってみましょう。あくまでもイメージの中でOK。
小さな時に、ほんの一瞬かわいがってもらった記憶しかなくても、それをどんどん膨らませてみましょう。そしてお父さんの、神様の愛を感じて泣いてみましょう。
父が私を抱いて笑っている写真があることを思い出しました。あんなに笑っている父は後年あまり見ていませんでしたが、愛してもらっていたことを思い出して昨晩は私も泣きました。
そうすると何が起きるのか?まだ何も起きていませんが、起きたら報告します。