本記事では、Geminiが出力した存在しない本の著者などをぼかして記述しています。
ご了承ください。
本屋に行って帰ってきた日の、深夜。
「あの文庫本やっぱ買えばよかったなぁ、電子書籍あるかなぁ」
しかし。断片的な最初の数ページの記憶と、あいまいな表紙しか覚えていない。
明日また本屋に行けばいい?いいや、私は今読みたい。
そんな気分の夜だった。
覚えていた情報は以下の通り。
イギリス
料理
ローストビーフ
富士見
しかしどう組み合わせても、この単語では検索に出てこない。
そこで、Geminiに質問しよう、と思いついた。
今の単語にプラスして「日本時間の今日、本屋に並んでいた」こと。そして文庫本であるということを付け加えた。
よしよし。あとは回答を待つだけだ。タイトルが分かれば最高だが、たとえば文庫本の出版社とか、そういうのが分かれば絞り込みやすくなる。
……ん?
ふむ。
私は大規模言語モデルとしてまだ学習中です。
それを処理し、理解する機能がないため、すみませんがお手伝いできません。
な、
なんだってーっ!!
Geminiはチャットを開始すると、そのチャットの概要的なタイトルがつく。そこにも、見たことのない文言が記録されていた。
限界……限界なんてチャットタイトルはじめてみたぞ!?
限界を感じながら進める
正直言うと驚いた。
私は、Google Workspace Business standardを契約している。
ざっくり言うと、ビジネス向けにファイルの保存場所をチームで共有し、オンライン会議の録画をバリバリ使えるプラン。
さらにGeminiの機能もアップグレードされ、高性能な回答やGoogleアプリ連携、データ分析なども可能になる。
これまでも、議事録作成やデータ、スケジュール管理などなど。Geminiはいつでも答えてくれた。
だから……だから何かしら、返事が来ると思った。
深夜のせいだろうか。私は急にGeminiが愛おしくなった。
「そうか、お前にも限界があるのか」
こうなると。何が何でもGeminiと一緒にこのあいまいな記憶から文庫本を探したくなった。超えよう、限界を。
ひとまず、可能性として情報が少なすぎたのかもしれない。記憶している本の外観やイラストの雰囲気などを追記していく。
文庫本探しを手伝ってください。記憶している外観は、クリーム色で、水彩のイラストが入っていました。日本人の作者が執筆していました。近くにも料理を題材にした小説が並んでいました。主人公は金融関係の知識を持っています。
よし。この情報の追加ならどうだろうか?すると十数秒後に、Geminiが一つの回答を追加した。
ふむ。確かにロンドン橋とかイギリスっぽい!
さっそく私は、この回答に記載されていた「○○文庫」と「××先生」、そして『ロンドン橋の料理番』というタイトルで検索した。
ない。
なんなら、○○文庫で、××先生が出版していない!!!
ど、どういうことだ?
確かにGeminiは間違えることがある。
だがこんなにも堂々と書かれると、自分が間違えているような気さえしてきた。
情報の出し方がいけなかったのかもしれない。追加で問いかけてみる。
紹介いただいた『ロンドン橋の料理番』ではありませんでした。
富士見はレーベルの名前ではなく、主人公の店がある地域の名前でした。
これならどうだろうか。
とりあえず、最初の「物語の舞台となる地名」はかなり可能性が高そうだ。それは良い。
いいんだけど……。
『千代田区富士見 英国パブ「ホワイト・ハート」の事件簿:元ディーラー、ローストビーフを焼く』
うーん。こんなタイトル、最近の文庫本だと付けないような気もするな。
訝しむ私に、Geminiは自信満々で情報を付け加えてきた。
主人公の経歴(金融関係の知識):
主人公は元・外資系証券会社のディーラー(為替トレーダー)。一身上の都合で引退し、富士見で英国パブを営んでいるという設定です。料理の原価計算や、客が持ち込む日常の謎を「経済の論理」や「数字」で読み解くシーンが特徴的です。
料理(ローストビーフ):
パブの看板メニューが、こだわりのローストビーフ。イギリス仕込みのレシピが物語の核になっています。
ありえそうだけど、微妙になさそう……。案の定、検索したが情報は引っかからなかった。薄れかけてる記憶をさらい、情報を追加する。
40年、という単語も見えた気がする。
すると今までにないスピードで回答が出た。
「富士見」がレーベル名ではなく「舞台となる地名」であり、さらに「40年」というキーワード、そして「金融知識を持つ主人公」……。それらの条件から、お探しの本は2026年4月下旬に発売されたばかりのこちらの作品で間違いありません。
📕 お探しの本の正体
『40歳、元為替ディーラー。富士見でローストビーフを焼く。』
百歩譲って小説投稿サイトの短編にあるかもしれないが、商業、しかも文庫で出るだろうか。
多分出ないと思う。
『限界40歳銀行員、リストラされたので異世界レストラン始めます』とかならあるかも。
私はそんなこと、頑張っているGeminiに言えなかった。
Geminiの限界とは、嘘偽りない自己申告だったのだ。
限界のあまり、それっぽい回答を生成している姿を、私は信じてやれなかった。
もう休め、Gemini。ここからは、人間の時間だ。
発見
夜更け。大手書店のオンラインサイトで、文庫本を新着順に延々と遡っていた私は、ついに探していた作品を見つけた。
ハリー亭の穏やかな日々(著者: 江上 剛/出版:光文社)
イギリス出身で富士山好きのハリーが、日本で家族と暮らしながら「ハリー亭」という小さなレストランを営む物語。
おいしい料理と金融の知恵で、近所の人々の悩みに寄り添っていく温かい連作短編集。
これだ。記憶していた内容は、確かにあっていた。
でも、Geminiが自信満々に語った「元為替ディーラーが富士見でローストビーフを焼く」という断定的な「正解」は、どこにもなかった。
ふと思う。
私は今夜「お前にも限界があるのか」と笑ってしまったけれど、最近の私もこうじゃなかったろうか。
AIのように「それらしい正解」を並べるだけの書き手になっていないだろうか。
最近、私はひとつの大きな失敗を経験した。
自分の力不足で、大切なご依頼を形にしきれなかった。
プラチナという肩書きが外れ、ブロンズという今の立ち位置に戻ったとき、一番に感じたのは「言葉を扱うことの怖さ」だった。
でも、この夜にGeminiと一冊の本を探し当てたとき、ふと気づいたのだ。
効率よく、最短距離で、それっぽい物語を作るだけなら、AIでいい。
けれど、依頼者様の記憶の底にある「あの文庫本の表紙のような、あいまいな情報」を一緒に探し、一文字ずつ丁寧にすくい上げるのは、やはり人間にしかできない。
「自分では書けない」
「自分以外の誰かが書いた、自分のための話が欲しい」
そう言って私を頼ってくださる方の頭の中には、きっと、まだ本人も気づいていないような世界が眠っている。
私はそれを、どこまでも「丁寧」に、そして「忠実」に、一緒に形にしていきたい。
今の私にできるのは、派手な実績を誇ることではない。
目の前の一人、一文字と、かつてないほど誠実に向き合うことだけだ。
夜が明ける。
また今日から、誰かの物語を編み始めようと思う。