和牛が「機械的な漫才 をしている」という理由で,「うまいけどおもしろくない」という声を聞くことがありますが,私は「機械的」と「うまい」は両立しないと思っています
「和牛は機械的」と言う場合,掛け合いの速さやテンポのよさのことを言っているのだと思いますが,これを本当に機械的にやってみると,まさに「機械的」と感じるだけで,「うまい」と感じることはないと思います。つまり,「和牛は漫才がうまい」と感じている時点で,「機械的以上の何かを感じ取っている」ということになります
和牛のお二人は,ただ機械的に決まったセリフをテンポよく発しているというわけではなく,決まっているセリフにその時々の感情を乗せたり,相方やお客さんと駆け引きしながら話しています。だから「うまい」と感じる。そしてその結果,同じセリフでも"その時"しか聴くことができないセリフが毎回たくさん生まれ,それがおもしろい
「うまい」は「おもしろい」の一種だと思います。「うまいけどおもしろくない」と感じている方は,「うまい」の中にある「おもしろさ」に,まだ気づいていないだけなのかもしれません