マンションの大規模修繕工事では、数千万円から、建物の規模によっては億単位の工事費用が必要になります。
その原資となるのは、区分所有者の皆さんが毎月積み立てている修繕積立金です。
だからこそ、管理組合として「できる限り工事費用を安く抑えたい」と考えるのは、当然のことだと思います。
前回の記事では、マンションの大規模修繕工事を巡る談合問題について取り上げました。
談合などによって競争が制限され、不当に高い工事費用を負担させられることは、管理組合にとって大きな問題です。
しかし、その一方で、もう一つ考えていただきたいことがあります。
それは、**「大規模修繕工事は、安ければ安いほどよいのか?」**という問題です。
私は、マンションの大規模修繕工事の施工管理に携わる立場として、安さだけを追求することにも危険性があると考えています。
工事には、適切な施工品質を確保するために必要な材料費や労務費、現場管理費などがあります。
これらを無視して価格だけを引き下げれば、現場に無理が生じ、施工品質に悪影響を及ぼすおそれがあります。
今回は、実際の施工内容を例に挙げながら、大規模修繕工事の「適正価格」と「施工品質」について考えてみたいと思います。
1.工事費用には、必要な品質を確保するための適正価格がある
大規模修繕工事では、複数の施工会社から見積書を取得すると、会社によって金額に差が生じることがあります。
材料の仕入価格や施工体制、協力会社への発注条件、現場管理の方法などが異なるためです。
企業努力によって工事費用を抑えること自体は、決して悪いことではありません。
むしろ、管理組合の大切な修繕積立金を使用する以上、合理的なコスト削減は必要です。
しかし、工事費用を際限なく引き下げられるわけではありません。
例えば、塗装工事では塗料代や職人の労務費、防水工事では防水材料費や施工費用、下地補修工事では補修材料費や施工手間が必要です。
さらに、足場などの仮設設備、現場監督の人件費、安全対策費なども発生します。
**工事には、必要な施工品質を確保するための費用があるのです。**
もちろん、金額が高ければ品質がよいとは限りませんし、安い見積金額だからといって施工品質が悪いとも限りません。
大切なのは、提示された工事費用で、必要な工事を適切に実施できるかどうかです。
2.メーカーの意見などを踏まえて決定された施工仕様を守る
マンションの大規模修繕工事では、建物の劣化状況や既存の下地の状態などを確認し、使用する材料や施工方法を検討します。
塗装工事や防水工事などでは、必要に応じて材料メーカーによる現地確認や技術的な助言を受け、建物の状態に適した施工仕様を決定することが多くあります。
また、設計監理者があらかじめ施工仕様を定めている場合もあります。
いずれの場合も、**施工会社は、決定された施工仕様を守って工事を行うことが基本です。**
例えば、塗装工事で下塗り・中塗り・上塗りの3工程が指定されていれば、その工程を守る必要があります。
ウレタン塗膜防水で防水材の2回塗りが指定されていれば、定められた塗布回数や材料使用量を守る必要があります。
下地補修工事でも、劣化状況に応じて決定された補修方法や施工数量を守らなければなりません。
なお、これらはあくまでも一般的な施工例です。実際の施工仕様は、建物の状態や採用する材料、工法などによって異なります。
重要なのは、**どの建物でも同じ方法で施工することではなく、それぞれの工事で決定された仕様を確実に守ること**です。
では、具体的にどのような点が施工品質に関わってくるのでしょうか。
3.下地補修工事―仕上げる前の見えない部分が重要
大規模修繕工事は、身近な「お化粧」に例えると分かりやすいかもしれません。
例えば、
* 洗顔で汚れを落とすことは「高圧水洗浄」
* 肌の状態を整えることは「下地補修工事」
* お化粧をすることは「塗装工事や防水工事」
というイメージです。
※実際の施工順序は、施工箇所や工法によって異なります。
どれほど高価な化粧品を使用しても、肌の状態が悪ければ、十分な仕上がりを期待することは難しいでしょう。
建物も同じです。
**どれほど高性能な塗料や防水材を使用しても、下地の状態が悪ければ、本来期待される性能を十分に発揮できないおそれがあります。**
外壁のコンクリートやモルタルには、経年劣化などによって、ひび割れや浮き、欠損などが発生することがあります。
こうした劣化箇所を適切に補修せず、その上から塗装しても、根本的な補修にはなりません。
そのため、劣化状況を調査し、ひび割れ補修、浮き補修、欠損補修など、状態に応じた工事を行う必要があります。
タイル補修では、アンカーピンの長さや本数も重要
外壁タイルについても同様です。
例えば、タイル自体にひび割れが生じている場合や、タイルが張付けモルタルから浮いている「陶片浮き」が確認された場合には、タイルの張替えを行うことがあります。
一方、張付けモルタルなどの浮きに対しては、エポキシ樹脂注入工法などが採用される場合があります。
ただし、実際の補修方法は、浮きの位置や範囲、劣化の程度、採用する仕様などによって異なります。
ここで、アンカーピンを併用したエポキシ樹脂注入工法を例に考えてみましょう。
この工法では、アンカーピンの長さや本数、定着深さ、樹脂の注入方法や使用量などが重要になります。
アンカーピンは、単に孔の中に入っていればよいというものではありません。
採用する仕様に従って、必要な長さのピンを使用し、健全な下地に適切に定着させることが求められます。
仮に指定された本数より少なくしたり、必要な長さより短いピンを使用したりすれば、期待される補修性能を確保できないおそれがあります。
しかも、施工が完了すれば、内部のアンカーピンの長さや樹脂の注入状況などを外観だけで確認することは困難です。
外壁タイルの補修は、美観だけでなく、タイルの剥落による事故を防止するうえでも重要です。
だからこそ、適切な仕様に従って確実に施工する必要があります。
必要な下地補修数量が増える場合もある
また、下地補修工事は、着工前の調査だけでは劣化数量を正確に把握しきれない場合があります。
足場を設置して詳細調査を行った結果、当初の想定より補修箇所が多く確認されることもあります。
その場合、補修数量の増加によって追加費用が必要になる可能性があります。
もちろん、施工会社から提示された追加費用を無条件に認めるべきではありません。
劣化箇所の写真や調査図、補修数量、単価などを確認し、必要性と金額の妥当性を判断することが重要です。
しかし、**費用を抑えるためだけに、本来必要な下地補修を省略してしまうことも適切ではありません。**
必要のない工事は行わない。
しかし、必要な工事は削らない。
この考え方が重要だと思います。
4.塗装工事―見た目がきれいなら、それでよいわけではない
次に、外壁塗装工事を考えてみましょう。
塗装工事では、使用する材料や施工仕様によって異なりますが、下塗り・中塗り・上塗りの3工程で施工するものがあります。
それぞれの工程には役割があります。
下塗りは、下地と仕上げ塗料との密着性を確保するなどの役割があります。
中塗りや上塗りは、所定の塗膜を形成し、耐久性や仕上がりを確保するために行います。
では、仮に3工程が指定されているにもかかわらず、中塗りを省略して上塗りだけで仕上げてしまったら、どうなるでしょうか。
施工直後は、見た目だけでは違いが分かりにくい場合もあります。
しかし、必要な塗膜厚や性能が確保されず、将来的な耐久性に悪影響が生じるおそれがあります。
また、3工程を実施していたとしても、メーカーが定める材料使用量を守らなければ、所定の塗膜厚を確保できない可能性があります。
**塗装工事は、表面にきれいな色が付いていれば、それでよいというものではありません。**
決定された施工仕様に従い、必要な工程や材料使用量を守ることが重要なのです。
5.防水工事――ウレタン塗膜防水とシーリング工事
防水工事についても、完成後の見た目だけでは判断できない施工品質があります。
ここでは、ウレタン塗膜防水工事とシーリング工事を例にご紹介します。
### ① ウレタン塗膜防水――必要な塗布回数と材料使用量を守る
ウレタン塗膜防水は、液状の防水材を塗布して防水層を形成する工法です。
マンションの屋上やバルコニーなどで採用されることがあります。
採用する工法や仕様によって異なりますが、ウレタン防水材を2回に分けて塗布し、必要な膜厚を確保する仕様もあります。
仮に2回塗りが指定されているにもかかわらず、1回塗りで済ませてしまったらどうでしょうか。
また、2回塗っていたとしても、使用する材料の総量が不足していれば、必要な防水層の厚さを確保できないおそれがあります。
施工直後は見た目に大きな違いがなくても、将来的な防水性能や耐久性に影響する可能性があります。
**防水工事についても、表面が防水材で覆われていれば、それでよいというものではありません。**
決定された仕様に従い、必要な施工工程や材料使用量を守ることが重要です。
② シーリング工事―既存材の撤去が不十分だと、新しい材料にも悪影響が及ぶ恐れがある
マンションの大規模修繕工事では、外壁の目地やサッシ廻りなどに施工されているシーリング材の打替え・増し打ち工事も行われます。
シーリング材は、雨水の浸入を防ぐほか、部材の動きに追従する役割などを担っています。
シーリング工事には、既存材を撤去して新しい材料を充填する「打替え」と、既存材を残して新しい材料を施工する「増し打ち」があります。
どちらの工法を採用するかは、施工箇所の形状や既存材の状態などを確認し、必要に応じてシーリング材メーカーの技術的な意見も踏まえて決定します。
ここで注意したいのが、既存シーリング材が著しく劣化していたり、そもそも硬化不良などの不具合が発生しているケースです。
硬化不良とは、本来は硬化して弾性のある状態にならなければいけないものが、硬化せずねっとりとした状態になってしまう状態を言います。
硬化不良の既存材が残っていると、新しいシーリング材との接着性に悪影響を及ぼすだけでなく、**残存した既存材の成分が新しいシーリング材に影響し、変質や硬化不良などの不具合を引き起こすおそれもあります。**
つまり、本来は既存材を撤去して打ち替えるべき箇所で、撤去作業が不十分なまま新しいシーリング材を充填すると、せっかく新しく施工したシーリング材まで不具合を起こしてしまう可能性があるのです。
特に、硬化不良が発生している既存材は、通常の材料より撤去に手間がかかります。
そのため、工事費用や施工手間を削減しようとして、本来は撤去して打ち替えるべき箇所を増し打ちで済ませたり、既存材を十分に撤去しないまま施工したりすることは、施工品質を確保するうえでかなり大きなリスクになります。
もちろん、増し打ち自体が不適切な工法というわけではありません。施工箇所や既存材の状態によっては、適切な工法として採用される場合もあります。
問題なのは、**打替えが必要と判断され、仕様として決定されているにもかかわらず、施工会社が勝手に増し打ちに変更してしまうこと**です。
また、シーリング工事では、既存材の撤去や清掃だけでなく、指定されたプライマー(接着剤)の塗布、必要な目地寸法の確保、適切な充填量なども重要です。
部材の動きに追従させる必要がある目地(ワーキングジョイント)では、バックアップ材やボンドブレーカーなどを用い、3面接着を防ぐ仕様が採用される場合もあります。
こうした施工内容は、シーリング材の充填後には外観だけで確認することが難しくなります。
だからこそ、既存材の撤去状況やプライマーの塗布状況など、施工途中の品質管理が重要なのです。
6.過度な値引き要求は、現場にしわ寄せが及ぶ可能性がある
ここまで、下地補修工事、塗装工事、防水工事について、施工品質を確保するために重要な点をご紹介しました。
これらに共通するのは、**適切な施工を行うためには、必要な材料と施工手間がどうしてもかかる**ということです。
塗装工事で3工程が指定されていれば、その工程を実施するための材料費や労務費が必要になります。
ウレタン塗膜防水工事でも、必要な材料使用量を守れば、それに応じた材料費が発生します。
シーリング工事でも、既存材を撤去して打ち替える場合には、撤去作業や清掃、新しい材料の充填などに必要な手間がかかります。
下地補修工事についても、指定された工法や施工数量を守るためには、相応の費用が必要です。
ところが、管理組合が施工会社に対して、必要な工事内容や仕様を変えないまま、過度な値引きだけを要求した場合はどうでしょうか。
施工会社にも、協力会社にも、職人にも、それぞれ必要な経費があります。
十分な工事費用が確保されなければ、協力会社への発注金額や職人の労務費などにしわ寄せが及ぶ可能性があります。
その結果、必要な施工時間を確保できなくなったり、品質管理が不十分になったりするおそれがあります。
さらに悪質な場合には、施工工程を省略したり、材料使用量を減らしたり、本来必要な撤去作業を行わなかったりする不適切な施工につながる可能性もあります。
もちろん、価格が安いからといって、必ず手抜き工事が行われるわけではありません。
また、どれほど厳しい価格条件であっても、施工会社には契約内容と施工仕様を守る責任があります。
しかし、**適切な施工に必要な費用まで削減してしまえば、施工品質を確保するうえで無理のある契約になり得る**ことは、管理組合にも理解していただきたいと思います。
7.安く発注できても、将来の修繕費用が増えるかもしれない
大規模修繕工事は、工事が完成すれば終わりではありません。
建物を長期間にわたって適切に維持していくことが目的です。
例えば、適切な仕様で施工されていれば一定期間の性能が期待できた塗装や防水が、施工不良によって早期に劣化した場合、予定より早く補修や再施工が必要になる可能性があります。
そうなれば、当初の工事費用を安く抑えた意味が薄れてしまいます。
場合によっては、施工不良の原因調査や補修工事、管理組合と施工会社との協議など、余計な負担が発生することも考えられます。
つまり、大規模修繕工事の費用を考える際には、今回の工事でいくら支払うのかだけでなく、**その工事によってどの程度の品質や耐久性が確保されるのか**という視点が必要なのです。
目先の工事費用を削減することと、長期的な修繕費用を抑えることは、必ずしも同じではありません。
8.管理組合は、価格だけでなく「工事の中身」を確認してほしい
では、管理組合は施工会社をどのように選べばよいのでしょうか。
私は、見積金額だけで判断するのではなく、次のような点を確認することが重要だと考えています。
**① 各社が同じ工事内容・仕様で見積もっているか**
使用する材料や施工工程、施工範囲などが異なれば、見積金額を単純に比較することはできません。
**② 極端に安い見積項目がないか**
他社と比べて極端に安い項目がある場合には、材料費や労務費、施工数量などが適切に見込まれているかを確認する必要があります。
**③ 施工品質をどのように管理するのか**
施工写真、材料の搬入数量や使用量の記録、工程ごとの検査など、仕様どおりに施工されたことを確認できる仕組みが重要です。
**④ 現場の施工体制に無理がないか**
工期や職人の配置、現場監督の管理体制などが適切でなければ、品質の確保が難しくなる可能性があります。
**⑤ 不具合が発生した場合の対応体制はどうか**
保証内容だけでなく、施工会社の補修対応体制なども確認しておきたいところです。
もちろん、これらを管理組合の役員だけで判断することは簡単ではありません。
そのため、設計監理者などの専門家の助言を受けながら、見積金額と工事内容の妥当性を確認することが重要になります。
ただし、専門家に任せきりにするのではなく、管理組合自身も判断の根拠を理解しようとする姿勢が大切だと思います。
9.談合による高値も、過度な安値も望ましくない
前回の記事では、大規模修繕工事を巡る談合問題について取り上げました。
談合などによって競争が制限され、不当に高い工事費用を負担させられることは、管理組合にとって大きな問題です。
しかし、その反動として「とにかく一番安い会社に発注すればよい」と考えることも、適切ではありません。
工事には、必要な材料、必要な施工工程、必要な人員、必要な管理があります。
それらを確保するための費用まで削ってしまえば、工事品質に悪影響が及ぶ可能性があります。
**不当に高い工事費用を支払う必要はありません。しかし、適切な施工に必要な費用まで値切るべきでもありません。**
管理組合が目指すべきなのは、最安値で契約することではなく、必要な品質を確保できる適正な価格で契約することです。
なお、工事費用を抑えるために、メーカーなどの技術的な意見を踏まえ、必要な性能を確保できる範囲で施工仕様を見直すことは、合理的なコスト調整になり得ます。
しかし、それは決定された仕様を施工会社や職人が勝手に省略することとは、まったく異なります。
**「適正な仕様を決めること」「適正な価格で契約すること」「仕様どおりの施工を確認すること」。**
この3つがそろって、初めて適切な大規模修繕工事につながるのだと思います。
10.まとめ―安く発注することが、正解(工事の成功)ではない
大規模修繕工事では、管理組合が工事費用を抑えようと努力することは大切です。
修繕積立金は、区分所有者の皆さんが長い年月をかけて積み立ててきた大切なお金だからです。
しかし、工事費用を安くすることだけが目的になってしまっては、本末転倒です。
下地補修工事では、劣化状況に応じた適切な補修を行うこと。
塗装工事では、指定された施工工程や材料使用量を守ること。
ウレタン塗膜防水工事では、必要な防水層を確保すること。
シーリング工事では、既存材の状態を確認し、決定された打替え・増し打ちの仕様を守ること。
こうした施工を確実に行うためには、適正な工事費用が必要です。
そして、適正な工事費用を支払ったとしても、それだけで施工品質が保証されるわけではありません。
実際に仕様どおりの施工が行われているかを確認することも重要です。
私は、マンションの大規模修繕工事の施工管理に携わる立場として、管理組合には価格だけでなく、施工の中身にも目を向けていただきたいと考えています。
**「高い工事費用を支払えば安心」というわけでもなければ、「安く発注できれば成功」というわけでもありません。**
大切なのは、支払った工事費用に見合う適切な施工が行われ、建物の性能を長く維持できることです。
**大規模修繕工事は、安く買い物をするためのものではありません。大切なマンションの資産価値と居住環境を、将来にわたって守るためのものなのです。**