マンションの大規模修繕工事は、管理組合にとって非常に大きな事業の一つです。
工事金額は建物の規模や工事内容によって異なりますが、数千万円から、規模によっては数億円に及ぶこともあります。
その費用の多くは、区分所有者が長年にわたって積み立ててきた修繕積立金から支出されます。
だからこそ、必要な修繕工事を適切な品質で実施することはもちろん、限られた修繕積立金をいかに有効に活用するかという視点が重要になります。
ところで、マンションの大規模修繕工事には、いくつかの発注方式があることをご存知でしょうか。
代表的なものとして、設計事務所などに調査・設計や工事監理を依頼する「設計監理方式」と、施工会社に調査・提案から工事までを一括して依頼する「責任施工方式」があります。
また、普段からマンションの管理業務を委託している管理会社が、工事の元請となったり、施工会社を紹介したりするケースもあります。
それぞれにメリットとデメリットがありますが、実際には管理会社などから提案された方式を、そのまま採用している管理組合もあるのではないでしょうか。
私は以前、マンション管理会社でフロント担当者として勤務し、現在はマンション大規模修繕工事の施工管理に携わっています。
そうした経験から、以前から疑問に感じていることがあります。
それは、**「大規模修繕工事に、設計監理者を付けることが本当に必要なのか」**ということです。
もちろん、設計監理方式そのものを否定するつもりはありません。
しかし、設計監理者を付ければ必ず工事の品質が向上するというわけではありませんし、管理会社を通して工事を発注すれば必ず安心できるというものでもありません。
今回は、設計監理方式と責任施工方式の違いから、管理会社を通した発注のメリットとデメリット、そして業界の実態も交えながら、管理組合にとって合理的な大規模修繕工事の進め方について考えてみたいと思います。
大規模修繕工事の主な発注方式
① 設計監理方式
設計監理方式は、管理組合が設計事務所などに建物調査・修繕設計・工事監理を依頼し、施工会社を別途選定する方式です。
設計監理者は、建物の劣化状況を調査し、必要な修繕工事の内容や仕様を整理します。
そのうえで施工会社から見積りを取得し、工事が始まってからは設計図書などに基づいて施工されているかを確認します。
施工会社とは別の立場から工事を確認できることが、大きなメリットです。
一方で、施工会社への工事費とは別に、調査・設計・工事監理などの費用が発生します。
また、設計監理者の技術力や業務への取り組み方によって、その費用対効果に差が生まれるという点にも注意が必要です。
② 責任施工方式
責任施工方式は、施工会社に建物調査や修繕提案、工事の施工までを一括して依頼する方式です。
設計監理者を別途選任しないため、その分の外部委託費用は発生しません。
また、施工会社から直接、修繕方法や使用材料、工事仕様などについて提案を受けられることもメリットです。
一方で、施工会社が提案した工事内容を自ら施工することになるため、工事内容や見積金額の妥当性について、第三者による確認が弱くなるという課題があります。
そのため、施工会社の選定が非常に重要になる発注方式だと考えています。
③ 管理会社を通した発注
普段から管理業務を委託している管理会社が、工事の元請となったり、施工会社を紹介したりする方法もあります。
管理会社はマンションの修繕履歴や管理組合の事情を把握している場合があり、工事の調整や居住者対応などを任せやすいというメリットがあります。
また、管理会社と継続的な取引関係にある施工会社であれば、今後の取引を維持するためにも、適切な施工や対応を心がける動機が働くことも考えられます。
一方で、管理会社が元請となる場合には、管理会社自身の経費や利益が工事金額に含まれます。
施工会社を紹介する場合にも、紹介料などの金銭的な関係が存在するケースがあります。
こうした費用が発生すること自体を、一概に悪いことだとは考えていません。
大切なのは、管理会社がどのような役割を担い、その対価としてどれだけの費用が発生しているのかを、管理組合が理解していることです。
設計監理は、本当に費用に見合う仕事をしているのか?
ここから、現在、大規模修繕工事の施工管理に携わる立場として、もう少し踏み込んで考えてみたいと思います。
設計監理方式では、工事内容や規模によって数百万円規模の費用が発生することがあります。
その費用に見合う仕事が行われているのであれば、管理組合にとって有益な支出でしょう。
例えば、下地補修工事の調査数量や補修方法の妥当性、防水工事の施工仕様、追加変更工事の必要性など、工事品質や費用に大きく関わる部分を適切に確認できる設計監理者であれば、依頼する価値は十分にあると思います。
施工会社に対して、技術的な根拠を持って必要な指摘ができることも重要です。
私は、施工会社からすれば少々「うるさい」と感じるくらい、重要な部分を厳しく確認できる設計監理者であれば、管理組合にとって心強い存在になると考えています。
しかし、一方で疑問を感じることもあります。
設計監理者が現場で行っていることが、書類の体裁や軽微な事項に対する細かな指摘ばかりになっていないでしょうか。
もちろん、細かな確認も品質管理の一部です。
しかし、いわば「重箱の隅をつつく」ような指摘を繰り返す一方で、本当に重要な施工品質の確認が十分に行われていないのであれば、設計監理としての役割を果たしているとは言い難いと思います。
設計監理者を付けること自体が目的になってしまっては、本末転倒です。
重要なのは、設計監理者がいるという事実ではなく、その設計監理者が工事品質の確保や費用の適正化にどれだけ貢献しているかということです。
数百万円の費用を支払うのであれば、それに見合う仕事を求めるべきではないでしょうか。
管理会社が元請となる場合の中間コスト
大規模修繕工事では、管理会社が管理組合から工事を直接受注し、実際の施工を別の施工会社に発注するケースがあります。
この場合、管理組合が管理会社に支払う工事金額と、管理会社が施工会社に支払う発注金額には差が生じます。
管理会社が元請として施工管理や品質管理、安全管理、保証対応などを担うのであれば、その対価として費用が発生すること自体は当然です。
しかし、問題はその差額がどの程度あり、管理会社が実際にどこまで工事に関与しているのかということです。
業界の取引構造として、管理組合から受注した金額に対し、実際の施工会社への発注金額が大幅に低くなるケースがあります。
極端な例では、管理組合との契約金額の5割程度で施工会社に発注されるようなケースもあると耳にしたことがあります。
仮に、管理組合が1億円で発注した工事を、管理会社が施工会社に5,000万円で発注していたとしたら、差額は5,000万円です。
もちろん、この5,000万円すべてが管理会社の純利益になるわけではありません。
管理会社自身の経費や管理業務の費用、保証対応などのリスクに備える費用も含まれます。
しかし、管理会社が実質的な施工管理をほとんど行わず、施工会社に任せきりになっているとしたらどうでしょうか。
管理組合は、管理会社が間に入るというだけで、非常に多額の費用を負担してしまっている可能性があるのです。
私は、管理会社が元請となること自体を否定するつもりはありませんが、管理組合は、管理会社がどのような責任を負い、どのような業務を行うのかを確認するべきだと思います。
(※上記の5割という数字は、業界全体の平均的な取引水準を示すものではありません。)
管理会社が紹介する施工会社と、バックマージンの問題
もう一つ、管理組合に知っておいていただきたいのが、管理会社と施工会社の金銭的な関係です。
マンションの大規模修繕工事では、管理会社が施工会社を紹介したり、見積りを取得したりすることがあります。
管理組合からすれば、普段から付き合いのある管理会社が紹介してくれる施工会社であれば、一定の安心感があるかもしれません。
実際、管理会社と継続的な取引関係にある施工会社は、今後の取引を維持するためにも、いい加減な施工や対応を避けようとする動機が働くことがあります。
これは管理会社を通して施工会社を選ぶメリットの一つだと思います。
しかし、その一方で、管理会社が施工会社を紹介することによって、施工会社側から紹介料や手数料などの金銭を受け取るケースがあることにも注意が必要です。(※むしろ一般的にはほぼほぼバックマージンが発生しています)
いわゆるバックマージンと呼ばれるものです。
例えば、施工会社が管理組合から工事を受注した後、その受注金額の一部を紹介料などとして管理会社に支払う場合です。
このような費用は、施工会社の見積金額に織り込まれる可能性がとても高いです。(特に建設業許可を持たない管理会社の場合は高確率でこれです)
つまり、管理組合は、その存在を知らないまま、実質的に紹介料相当額を負担している可能性があるのです。
私は、こうした中間マージンが発生すること自体を、一概に悪いことだとは考えていません。
例えば、管理会社が紹介する施工会社であれば、管理会社との継続的な取引関係があります。
施工会社としても、いい加減な工事をして管理会社との関係を悪化させれば、今後の受注に影響する可能性があります。
そのため、管理会社との取引関係が、施工会社に対する一定の抑止力として働くことは考えられます。
管理組合にとっても、管理会社が間に入ることで、施工会社との調整や工事後の不具合対応などを任せやすくなる場合があります。
いわば、管理会社に一定の費用を支払って、安心感や調整機能を買うという考え方です。
管理組合がその仕組みを理解し、費用に見合うメリットがあると判断したうえで選択するのであれば、それは一つの合理的な発注方法だと思います。
ただし、ここで重要なのは、管理組合がその費用の存在や役割を理解していることです。
例えば、施工会社から管理会社へ紹介料が支払われるのであれば、その事実や金額、施工会社の選定に与える影響などが管理組合に説明されていることが望ましいでしょう。
もちろん、管理組合が了承していれば、どのような金銭の授受でも問題がないというわけではありません。契約内容や法令上の問題がないことも前提になります。
しかし、利益関係が適切に開示され、管理組合が納得して選択することと、知らないところで費用が発生していることでは、意味がまったく異なります。
私が問題だと考えているのは、後者です。
一番の問題は、管理組合がよく分からないまま工事が進んでしまうこと
大規模修繕工事では、管理会社からさまざまな提案が行われます。
「設計監理方式で進めましょう」
「施工会社はこちらで紹介します」
「工事は当社で一括して請け負います」
こうした提案に対して、管理組合が内容を十分に理解しないまま了承してしまうケースもあると思います。
設計監理方式を採用するのであれば、なぜ設計監理が必要なのか。
設計監理者は、具体的にどのような業務を行うのか。
その費用は、工事の品質向上や費用の適正化にどれだけ貢献するのか。
管理会社を通して工事を発注するのであれば、管理会社がどのような役割を担うのか。
施工会社へ直接発注する場合と比較して、どのようなメリットがあり、どれだけ費用が変わるのか。
本来であれば、こうした点を理解したうえで、管理組合が発注方法を選ぶべきでしょう。
ところが、実際には、
「これまで管理会社に任せてきたから」
「専門的なことは分からないから」
「ほかのマンションでも同じようにやっているらしいから」
といった理由で、成り行き任せになってしまうこともあるのではないでしょうか。
私は、このような状態こそ、大規模修繕工事における大きな問題だと考えています。
管理会社や設計監理者に利益が発生すること自体よりも、管理組合が何を選択しているのか理解していないことの方が、根本的な問題なのです。
小・中規模マンションに、設計監理は本当に必要なのか
私自身は、特に小・中規模マンションの大規模修繕工事について、設計監理方式を当然のように採用することには疑問を感じています。
設計監理者を付ければ、建物調査や修繕設計、工事監理などの費用が発生します。
その費用が数百万円規模になることもあります。
もちろん、技術力のある設計監理者が適切に関与するのであれば、十分なメリットがあるでしょう。
しかし、設計監理者が現場で行っていることが、軽微な指摘や形式的な確認にとどまり、工事品質の向上に十分つながっていないのであれば、管理組合にとって費用に見合う支出とは言い難いと思います。
それならば、最初から良い施工会社を探すことに力を入れた方が、合理的ではないでしょうか。
例えば、複数の施工会社に建物の状況を確認してもらい、修繕工事の提案を求める。
過去の施工実績を確認し、自分たちのマンションと似た規模の工事をどれだけ経験しているかを調べる。
実際に工事を担当する予定の現場代理人や施工管理担当者と面談し、工事に対する考え方や居住者対応の姿勢を確認する。
また、限られた予算の中で、どのような改善提案ができるのかを比較する。
こうした取り組みを通じて、技術力や対応力のある施工会社を選定することが重要だと思います。
ただし、施工会社ごとに異なる仕様で見積りを作成すれば、金額を公平に比較することが難しくなります。
そのため、最低限必要な工事範囲や共通条件を整理し、各社独自の改善提案については別途評価する方法がよいでしょう。
また、責任施工方式では、施工会社が自ら提案した工事内容を自ら施工することになるため、第三者による確認が弱くなるという課題もあります。
必要に応じて、建物調査や見積内容の確認、重要な工程での品質確認など、専門家に部分的な支援を依頼することも選択肢になります。
設計監理者を常時付けるか、専門家を一切付けないかという二者択一で考える必要はないのです。
工事費が1億円前後または超えなら、設計監理方式も積極的に検討したい
一方、私は工事費が1億円前後ないしは超えるような大規模な工事については、設計監理方式を積極的に検討してもよいと考えています。
工事規模が大きくなれば、施工範囲や工事項目が増え、追加変更工事の判断や品質確認なども複雑になりやすいためです。
ただし、これは私個人の経験に基づく一つの目安であり、法令や公的基準によるものではありません。
工事費が1億円未満であっても、漏水や構造上の問題など、技術的に難しい課題を抱えているマンションでは、専門家の関与が重要になる場合があります。
逆に、工事費が大きくても、実力のない設計監理者を選任してしまえば、期待した効果は得られません。
重要なのは、工事金額だけで機械的に判断することではなく、建物の状態や工事内容、管理組合の対応力などを踏まえて、設計監理の必要性を考えることです。
設計監理方式を採用することが目的になってはいけません。
あくまで、良い大規模修繕工事を実現するための手段の一つとして考えるべきだと思います。
理事会や修繕委員会が、自主的に機能することが何より重要
ここまで、管理会社の中間マージンや設計監理方式について述べてきました。
しかし、私が最もお伝えしたいのは、管理組合の理事会や修繕委員会が、自主的かつ積極的に機能することの重要性です。
管理会社に任せることが悪いわけではありません。
設計監理者を付けることが悪いわけでもありません。
管理会社に一定の手数料や利益が発生することも、その役割や費用に管理組合が納得しているのであれば、合理的な選択になり得ます。
問題なのは、それらを十分に理解せず、成り行き任せで決めてしまうことです。
理事会や修繕委員会が主体的に活動していれば、管理会社の提案だけに頼らず、複数の発注方法を比較できます。
施工会社の実績を調べたり、担当者と面談したり、工事内容について改善提案を求めたりすることもできます。
専門的な判断が必要な場合には、その部分について専門家の力を借りることもできるでしょう。
そして、設計監理者を付けるのであれば、その費用に見合う役割を求める。
管理会社を通して工事を発注するのであれば、その費用に見合うメリットがあるのかを確認する。
管理会社や設計監理者に任せるかどうかを含めて、管理組合自身が判断することが重要なのです。
まとめ――大切なのは、管理組合が「分かったうえで選ぶ」こと
マンションの大規模修繕工事には、さまざまな発注方法があります。
設計監理方式にも、責任施工方式にも、管理会社を通して発注する方式にも、それぞれメリットとデメリットがあります。
私は、特に小・中規模マンションであれば、まずは実力のある施工会社を探し、その施工実績や提案力、担当者の対応を見極めることを重視したいと考えています。
一方で、工事規模が大きい場合や技術的に難しい工事では、独立した設計監理者を選任することも有効でしょう。
また、管理会社を通して発注する場合に、中間マージンが発生すること自体を否定するつもりはありません。
その費用によって、管理組合が安心感や調整機能、工事後の対応などのメリットを得られるのであれば、それも一つの選択肢です。
ただし、管理組合が費用の仕組みや役割を理解し、納得したうえで選択していることが大前提です。
何となく管理会社に任せている。
設計監理を付けた方が安心だと言われたから、そのまま採用している。
紹介された施工会社だから、特に比較せずに決めている。
私は、こうした成り行き任せの大規模修繕工事こそ、見直す必要があると思っています。
大規模修繕工事の費用は、区分所有者が長年にわたって積み立ててきた大切な修繕積立金から支出されます。
そのお金を何に使うのか。
どこに費用をかけ、どこを合理化するのか。
その判断を管理会社や設計監理者に任せきりにしてはいけません。
管理組合の理事会や修繕委員会が、自主的に情報を集め、比較検討し、納得したうえで意思決定すること。
私は、それこそが良い大規模修繕工事を実現するために、最も重要なことだと考えています。
「管理会社に任せたから安心」ではなく、「自分たちで考え、納得して選んだから安心」。
そんな大規模修繕工事が、もっと増えてほしいと思います。