「痛みと、消えない罪悪感」の先に見えてきたもの

「痛みと、消えない罪悪感」の先に見えてきたもの

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こんにちは!ココナラで【トランスジェンダー・育児・家族・脳卒中】の当事者電話相談をお受けしている、くまごろうパパです。今日は、息子との同伴登校を始めて、楽しみながらも少しずつ胸に溜まっていったものについてお話ししていこうと思います。

「お父さんじゃなきゃ、嫌だ」
その言葉は、僕にとって最高の幸せであり、同時に逃げ場のないプレッシャーでもありました。
不登校になった息子に付き添い、学校の別室で過ごす「同伴登校」。一見すると献身的な父親の姿だったかもしれませんが、当時の僕の心と体は、人知れず限界を迎えていました。

学校ではいつもニコニコ先生方や他の子供たちとも和気あいあいと過ごしていた僕でしたが、まずそんな僕を襲ったのは、体の悲鳴でした。
右半身の痺れは激痛へと変わり、薬も思うように効きません。家の中を移動するだけで痛いのに、片道30分の道のりを歩いて登校する毎日。一歩踏み出すごとに、足の裏の皮が剥がれるような激痛が走ります。
学校に着いても、しばらくは椅子から立ち上がれない。それでも、先生方に心配をかけたくなくて「いやぁ、30分はきついですね~」と笑って見せる。そんな無理を重ねていました。

さらに僕を追い詰めたのは、勉強の不安です。
「僕の教え方次第で、この子の学力の限界が決まってしまうのではないか」
プロでもない自分が息子の将来を背負っている。その重圧に押しつぶされそうでした。
もちろん小学2年生から始めた同伴登校なので、勉強を教えることは簡単なのですが、この子がちゃんと理解できているのだろうか?みんなが教室で習っているのと同じように教えることが出来ているのか。国語算数はともかく他の教科をどうやって教えていけばよいのだろう。
ふれあい教室での学習も、家に帰ってからの宿題も全部僕でないと嫌だという彼にちゃんとした学習を身につけてもらわないとという焦りがありました。

そして僕の体の事。薬が効いても、マックスを10として8辺りまでしか下がらない痛み。天候などによっては薬が全然効かなくて悶絶する日もありました。僕が体調を崩せば、息子は学校に行けない。自分の定期通院すら「息子から登校の機会を奪うこと」のように感じ、罪悪感でいっぱいになっていました。
だけど、その時点ではそれが僕の体を違う形で蝕んでいるとは気が付いていませんでした。

そんな僕自身も気づいていなかった心の限界に気づいたのは、妻でした。「少し心が疲れているのかも」という彼女の勧めで、心療内科を受診することになりました。
1人で大丈夫だと言ったのに狭い診察室の中にまで、なぜか妻も息子もついてきて、家族三人ぎゅうぎゅう詰めでの診察。
僕が不安を口にするたびに、横から「気にしすぎなんだよ」「真面目すぎるんだよね」と家族のツッコミが入ります。先生は笑って言いました。
「あなたは、もし奥様が同じ状況になったら責めますか?」
「いいえ、絶対に責めません」
即答した僕に、先生は「ご家族もあなたを責めません。こんなに素敵な味方がいるんだから」と言ってくれました。息子までもが「気にせんでいいんよー」と笑っている。その光景を見て、ようやく自分を許す許可が出た気がしました。

そして次に先生が口にしたのは、だいたい、くまごろうさんのような方は子供時代の親との関係などが根底にあることが多いと。あまりに的を射ていてびっくりしました。実は、この「何でも自分のせいだ」と思ってしまう癖や、異常なまでの責任感、そして自己肯定感の低さには、僕の生い立ちが深く関わっています。
僕は、いわゆる「毒親」のもとで育ったヤングケアラーでした。
幼少期から、自分の感情よりも周囲の顔色を伺い、期待に応えることでしか居場所を見つけられなかった経験。それが根深い鎖となって、今の僕を縛り、「完璧な父親でいなければ見捨てられる」という恐怖を無意識に生み出していたのです。

僕はトランスジェンダーであり、息子と血の繋がりはありません。
だからこそ、「せっかく僕をお父さんにしてくれたのに、申し訳ない」という負い目が、僕をさらに過剰な努力へと駆り立てていたのだと思います。
でも、妻は言ってくれました。
「あなたと子供を育てる選択をして良かった。間違いなかったよ」
その言葉で、ようやく僕は「お父さん」になれた気がしました。

今も右半身の痛みとは付き合っています。でも、この時に出た薬で7/10位の痛みになったので、脳神経内科から心療内科の先生へ主治医がバトンタッチとなり、心と体の両面からケアを始めたことで、少しずつ気持ちに余裕が生まれました。僕の教える勉強だって「何もしないよりはマシ」と思えるようになり、休むことへの罪悪感も少しずつ手放せています。
息子の辛さや頑張りを丸ごと受け止めようとしてたけど、父ちゃんだって辛い日もあるのさと、用事がある日もあるのさと思えるようになり、それでも僕と行きたいなんて「愛されちゃってるわー!!」と言えるようになりました。
「別に愛してはないわ」とか可愛くないこと言われたりしながら笑

最後まで読んでいただきありがとうございます!
この先、僕を縛り続けてきた過去の記憶や、ヤングケアラーとしての経験についても、少しずつ整理してお話ししていければと思います。
そして、この体の痛みが引き起こしたさらなる変化、息子の学校生活に訪れた新たな展開についても、お話したいと思います。
よければまた読みに来てください♪
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