こんにちは!ココナラで【トランスジェンダー・育児・家族・脳卒中】の当事者電話相談をお受けしている、くまごろうパパです。
久々の投稿となりましたが、今回は、トランスジェンダー高学年編です。
前回、風呂の窓から決死の脱出を図った結果、あえなく「男の子と遊ぶの禁止令」が発動したわけですが……。まあ、禁止令なんてものは、いつか解けるためにあるようなもので(笑)。喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、解禁されてからは相変わらず、気づけば生傷の絶えない悪ガキたちの輪の中に混ざっていました。
でも、高学年にもなると少しずつ何かが変わっていきました。そんなお話と、今後長く僕を苦しめる事の蕾、「わんぱく全開」な僕の裏側には、実はちょっと意外な「もう一人の僕」がいたというお話。
悪ガキ仲間と泥だらけになって遊んでいる僕を見て、周りの大人は「自由でいいわね」と思っていたかもしれません。でも実は、僕は意外と周りの顔色をうかがう、大人びた子供の一面もありました。
僕の両親は僕の記憶にないくらい早くに離婚していて、僕は田舎の祖父母に引き取られて育ちました。
当時の地方都市でシングルマザーが生きていくのは今よりずっと大変で、職種も絞られていました。母は夜の店で必死に働いていました。店から30秒という至近距離に部屋を借り、接客の合間に何度も家に戻って寝ているまだ小さな僕の様子を見に帰る……。今なら「放置だ!虐待だ!」と言われるかもしれませんが、今時の様に夜職の人のための託児所などもありません。見守りカメラもスマホもありません。それが母なりの、僕を育てるための苦肉の策だったんです。
ですが、祖父母が「これでは孫が不憫だ」と半ば強引に僕を田舎へ連れ帰ったのです。お陰で物心ついた頃から僕は寂しくありませんでした。祖父母も飲食店を営んでましたが自宅の一階です。寂しくなって一階に降りればすぐハグしてくれたし、若い叔母たちも遊びに連れ回してくれたから。
でも、だからこそ僕は、遠くで一人で働く母のことを「可哀想だ」と思っていました。
「僕はこんなにみんなに可愛がられているのに、お母さんは一人で頑張っている。本当は一緒にいたいはずなのに」
一緒に田舎に帰ればいいものをと思われるかもしれませんが、田舎に帰ってもいい仕事があるわけでもなく、小さな町の情報網はすごいものです。
母が子供の頃はうちは飲食店ではなく、町の歴史(郷土史)にも名が残るような、地元を代表する興行師(興行主)の家柄、名士の家柄だったそうで、プライド的にも許さなかったんでしょうね。
そんなふうに子供ながらに大人の事情を察して、自分は「手のかからない、いい子」でいようと、どこかで無理をしていたのかもしれません。(実際は違う意味で手はかかってたと思いますけど笑)
小さい頃のこの思想が、後のヤングケアラーや、毒親育ちという環境に甘んじるきっかけだったのかも知れません。(また別シリーズで書きますね)
そんな風に周りをたくさんの優しい大人に囲まれて育ったおかげで、ちょっとしたミスマッチ?も起こっていました笑
僕があまりに男の子のオモチャばかり欲しがるので、親戚のおじさんが見かねて「リカちゃん人形とリカちゃんハウス」をプレゼントしてくれたんです。
正直、1ミリも要りません(笑)。
でも、おじさんの優しい笑顔を無碍にはできない。「わあ、ありがとう!」なんてたいそう喜んだふりをして、おじさんが帰った瞬間に部屋の隅へ。たまに女の子の友達が来た時に、接待用として活用する程度でした。
じゃあ、そのリカちゃんがその後どうなったか。
小学校高学年の性自認男子が考えることなんて、着せ替えじゃありません。
「この服の下、どうなってんの?」……それ一点です。
「うわっ、変態か!」と思ったそこの男子! 君だって興味あっただろ! カッコつけんなよ!(笑)
女性の読者さんは引いちゃいますよね、ごめんなさい。でも、そういう時期なんです。
当時の僕は、祖父に頼まれて「週刊実話」を買いに行くお使いが大好きでした。お釣りでコロコロコミックが買えるし、何よりこっそり巻頭のヌードグラビアを覗き見るドキドキ感。
じいちゃんも、まさか「孫娘」がそんなものを見てるとは夢にも思わなかったでしょうね。
今なら「そんな本を子供に買いに行かせるなんて!」とお叱りを受けるかもしれませんね。まあ昭和の時代の一コマです。その辺は割と寛大な時代でもありました。お酒でもタバコでも、「ああ、お使いかい?えらいね!」ってお菓子の一つも持たせてくれる様な。
そんなある日「中身は男子」な僕に、突然冷や水が浴びせられる瞬間がやってきます。
河川敷で拾ったエッチな本を男子みんなで囲んで「おおーっ!」と盛り上がっていた時のこと。不意に一人が言ったんです。
「……っていうか、お前は女なんだから、一緒に見て喜んでちゃおかしいだろ」
それまで「仲間」だと思っていたのに、境界線がパサリと引かれた瞬間でした。
これに関しては逆に今の時代なら一緒に女子も「キャアキャア」言いながら一緒に見てても、おかしくはないのかも知れませんね。
でも僕が子供の頃は女子がそんなもの見て喜んでるなんて事ありえない時代。
しかも「キャアキャア」ではなく「おおおーっ!」って喜んで見てるのだからありえないですよね。
性差という抗えない現実。自分では同じだと思っていても、周りからは「違う側の人」として見られ始める。
それが高学年という時期の、残酷で切実な変化でした。
そして、いつか生えてくると信じていた男子のシンボルも一向に生えては来ませんでした。
今回も最後まで読んで頂きありがとうございました!
大人の世界を覗き見してドキドキしたり、かと思えばコロコロコミックで大笑いしたり。
そんなふうに子供と大人の狭間をフラフラしながら、僕は少しずつ、自分の「居場所」のなさを自覚し始めていくことになります。
僕も同じだな、少し違うな、うちの子こんな感じだ、など、当事者の方やその周りの方々のお話を聞く、【電話相談】をココナラで出品しています。
相談でも、ただ話を聞いて欲しいでも構いません。まとまってなくてもいいです。ゆっくりでいいです。あなたの声を聴かせてください。
ここで、日常のリズムに合わせて不規則ですが夜間を中心に、(お休みの日は昼間も)あなたをお待ちしています。