「わかりました」を信じていた話|教えたことが身につかない理由

「わかりました」を信じていた話|教えたことが身につかない理由

記事
学び
30分かけて説明して、満足していたのは自分だけだった

新しく入ってきた方に、ある業務の手順を教えたときのことです。

私は30分かけて、順を追って説明しました。ホワイトボードに図も描きました。例外的なケースにも触れました。相手は何度も頷いてくれて、最後に「わかりました」と言ってくれました。

相手はメモも取っていました。その日、私は満足していました。丁寧に教えられた、と思っていたからです。

三週間後、同じところで手が止まっていた


三週間ほど経った頃、その方が同じ業務で手を止めているのを見かけました。

声をかけて聞いてみると、止まっていたのは、私が30分の説明のなかで最も時間をかけて話した部分でした。しかも「そもそも、どこから手をつけていいか分からない」という状態でした。

正直に言うと、私は少し落胆しました。あれだけ説明したのに、と思ってしまったのです。メモを見返してもらうと、私が話した順番どおりに、きれいに書かれていました。書けているのに、動けない。

でも、落胆すべき相手は自分のほうでした。私は説明をした。それだけです。相手ができるようになったかどうかは、一度も確認していませんでした。

「わかりました」は、理解の合図ではなかった


あとから考えると、あのときの「わかりました」は、「説明が終わったことを理解しました」という意味だったのだと思います。

教わる側にとって、説明の途中で「わかりません」と言うのは、かなり勇気が要ります。相手は時間を割いてくれている。同じことを何度も聞くのは申し訳ない。だから、とりあえず頷く。私自身、若い頃はそうしていました。

ここで白状すると、私は教えるのが得意なつもりでいました。説明が分かりやすいと言われることが、少しうれしかったのだと思います。

でも、説明が上手いことと、相手ができるようになることは、別のことでした。私が磨いていたのは前者だけで、後者は運任せにしていたのです。

説明をやめて、やってもらう時間に変えた


そこから、教え方を変えました。

30分のうち、説明は10分に短くしました。残りの20分は、その場でやってもらう時間にあてました。私は横で見ているだけで、口も手も出しません。

止まった場所が、その人の分かっていない場所です。これは、頷きの回数を見ていても分かりません。

もうひとつ変えたのは、後日の確認です。一週間後に、五問だけ答えてもらう時間を作りました。設問は「手順を説明してください」ではなく、「この場合はどうしますか」という形にしました。手順は覚えていても、判断ができないことがあるからです。

答えられなかった問いは、責めずにそのまま記録しておきます。同じ問いを、翌月にもう一度出すためです。一度で覚えられなかったことを、本人が忘れていても、こちらが覚えていればいい。そう考えるようになってから、教える側の気持ちもずいぶん楽になりました。

この二つを入れてから、三週間後に手が止まる場面は、目に見えて減りました。教える時間は、むしろ短くなりました。

同じことで困っている方へ


教えた内容が身についているかどうかは、教えた側の実感では測れません。私はそれを、何年もかけてようやく理解しました。

とはいえ、一人ひとりの理解度を紙やExcelで管理するのは、現場ではなかなか続きません。私自身、何度か作っては、更新が止まりました。

いまは、社内研修や資格対策のための学習ツールを、ブラウザだけで動く形で作っています。インストールもアカウント登録も要らず、どこが分かっていないかが本人にも見えるようにしています。

もし同じところで困っていらっしゃるようでしたら、下のサービスをご覧ください。


現場特化のAIツール工房

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す