参加率7割で、うまくいったと思っていた
チームで自主参加の勉強会を開いたことがあります。業務のあとに三十分だけ、という軽いものです。
初回は十人中七人が来てくれました。私は手応えを感じました。強制ではないのに七割。関心は高いのだと受け取りました。
二回目も、三回目も、来るのは同じ七人でした。私はそれを常連ができたと解釈して、内容の質を上げることに時間を使いました。
そして、来ていない三人が誰なのかを改めて見たとき、少し黙りました。
その三人が、いちばん覚えてほしかった人たちでした。
集まったのは、すでに学べている人だった
来てくれた七人は、話していて気持ちのいい相手でした。質問が出るし、その場で試してくれる。だから私は、うまくいっていると感じていたのだと思います。
でも、よく考えれば当たり前でした。
業務のあとに自分で時間を作って学びに来られる人は、放っておいても学べる人です。勉強会がなくても、いずれ自分で調べて身につけていた層でした。私は、すでに走れている人に、追い風を送っていただけでした。
来なかった三人にも事情がありました。業務が終わらない。家庭の都合がある。あるいは、今さら聞くのが気まずい。ばらばらでしたが、共通点は一つでした。自分から手を挙げにくい場所にいた、ということです。
参加率七割という数字は、届いた割合ではありませんでした。もともと届いていた人の割合でした。
声をかけられなかった理由
ここは正直に書きます。
私は、来なかった三人に個別の声かけをしませんでした。強制しているように受け取られるのが怖かったからです。自主参加と言った以上、追いかけるのは筋が違う、という理屈も用意していました。
でも本当は、断られるのが嫌だっただけだと思います。「行けません」と言われたら、自分の企画が必要とされていないと突きつけられる。それを避けたくて、やる気の問題という説明に寄りかかっていました。
本人のやる気の話にしてしまえば、こちらは何もしなくてよくなります。楽な結論でした。
「集める」のをやめて、「通り道に置く」ことにした
勉強会そのものをやめました。代わりにしたのは、日々の業務の流れのなかに、学ぶ場所を置くことです。
朝の申し送りの最後に、五分だけ問いを一つ出すようにしました。手順を答えさせるのではなく、「この場合はどう判断しますか」という形の、答えが一つに決まらない問いです。誰かが答え、別の人が補足する。それで終わりにします。
参加を募っていないので、参加率という数字がそもそも生まれません。全員が同じ場所を通るからです。
内容は、三十分の勉強会に比べればずいぶん薄くなりました。深い話はできません。それでも、来なかった三人に届いたという一点だけは、はっきり違いました。
以来、学ぶ量よりも先に、学ぶ機会が誰に配られているのかを見るようになりました。
同じことで困っている方へ
学びの場をつくるとき、私たちはつい「来てくれた人」を見てしまいます。数えやすく、反応も返ってくるからです。でも本当に見るべきは、来ていない人が誰なのかのほうだと思います。
とはいえ、一人ひとりが何を分かっていないかを紙やExcelで追いかけるのは、現場ではなかなか続きません。私も何度か作っては、更新が止まりました。
いまは、覚えてほしいことをその場で試せる学習ツールを、ブラウザだけで動く形で作っています。インストールもアカウント登録も要らず、ファイルを開くだけで使えます。集まってもらわなくても、通り道に置ける形にしてあります。
通信業界のコールセンターで二十五年、人を育てる側にいました。学ぶ機会が届かなかった側を、たくさん見てきました。
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