「正しく傷つく」「ちゃんと聞く」ということ ー濱口竜介監督の映画から教わったこと。

「正しく傷つく」「ちゃんと聞く」ということ ー濱口竜介監督の映画から教わったこと。

記事
コラム
こんにちは、原田です★

今日は少し個人的な話も交えながら、
ちょっと前に観た映画についてお話しさせてください。


『ドライブ・マイ・カー』との出会い


ちょっと前に、
濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』という映画を観ました。


原作は村上春樹さんの小説なんですが、
実は私、村上さんの作品はあまり得意ではなくて…
女性の描かれ方に、ずっと変な気持ちを感じていたんです。

美しくて自由奔放で、でもすぐにいなくなってしまう。
そんな描写に、
なんとなく「女性ってこんな儚いか…?」
…みたいな違和感がありました。

(ノルウェイの森や、バーニング 劇場版とかを観て『うーん…』ってなってて…。)


でも不思議なことに、
映画版の『ドライブ・マイ・カー』は、
すんなり自分の中に入ってきたんです。

腑に落ちた、という感覚でした。

物語の中で、主人公の家福は、
亡くなった妻の本当の気持ちを最後まで聞けないまま、一人で抱え込んでしまいます。
そして彼を支えるドライバーの渡利が、こんな言葉を彼にかけます。

「ちゃんと傷つくべきだった」と。


この言葉を聞いたとき、
私は自分でも驚くくらい、涙が止まりませんでした。

そして同時に、自分の人生がふっとクリアに見えた気がしたんです。



大人になってからの気づき


私は大人になってから、発達障害の診断を受けました。

同時にHSP気質もあるようで、昔から周りに馴染むのが苦手でした。

学校生活もあまり楽しいと思えず、友達が欲しくて、
でも欲しいがゆえに依存するような関わり方になってしまい、
結果として人間関係がうまくいかないことが多かったです。


家では、親が忙しくいつもイライラしていて、
自分の話をゆっくり聞いてもらえる機会があまりありませんでした。

「自分が傷ついていることなんて、周りから見れば大したことじゃない」

そんなふうに、
いつも他人の物差しで自分の気持ちを測るクセがついていたように思います。


つらいことがあっても「これくらい何でもないことなんだ」
と自分に言い聞かせて、感情を後回しにする。

それが処世術というより、
当時の自分にとっては、生き延びるための工夫だったんだと思います。


でも、
『ドライブ・マイ・カー』を観て気づいたんです。

自分もずっと、家福のように「傷つくこと」を避けて、
本当の気持ちに蓋をしてきたんだ、と。



濱口作品に流れる、共通の視点


この気づきをきっかけに、濱口竜介監督の他の作品も観返してみました。

『寝ても覚めても』
『偶然と想像』

観るたびに、いくつかの共通する視点があることに気づきます。


濱口作品には、独特の演技指導があると言われています。
感情をこめずに、まず淡々とセリフを読み上げる。
そうやって作られた台詞が、本番では逆にすごくリアルに響くんです。

「言葉にすることには意味がある」という信頼と、
「でも言葉だけでは本当のことは伝わりきらない」という、ある種の諦め。
その両方が同時に描かれている気がします。


そして何より、
濱口監督の作品は「聞く」シーンがとにかく長いんです。

相手が話し終わるまで、カメラも編集もじっと待つ。
沈黙を急いで埋めようとしない。

相手の話を「早く次に進めるための材料」として聞くのではなく、
ただそこに在って、相手が言葉を見つけるのを待つこと。


さらに
『偶然と想像』や『寝ても覚めても』では、
人はどこか入れ替え可能な存在で、
でも、その偶然の巡り合わせの中にこそ真実が宿る、
というモチーフが繰り返し描かれます。

そして共通しているのは、
傷を「克服して立ち直る」物語ではなく、
傷ついたまま、それでも人と関わり続けることを肯定してくれる視点です。



3つの想い


これらの気づきを重ねていく中で、
私の中でいくつかの想いがずっとあるんだと気づきました。


**「傷つくことは悪いことじゃない」**

傷は、隠したり、克服して見せないようにするものじゃなくて、
ちゃんと感じて、受け止めていいものなんだと思います。

むしろ、
傷ついた経験があるからこそ、人の痛みに寄り添えるんじゃないかなと。


**「家族や同級生に話を聞いてもらえなかったから、自分は人の話を聞きたい」**

これは、
私がチャットレディとしてお客様のお話を聴く中で、ずっと感じてきたことでもあります。

急かさず、沈黙も含めて、相手が言葉を見つけるのをただ待つこと。

誰かに話を聞いてもらえなかった過去があるからこそ、
今は誰かの話をちゃんと聞ける自分でありたい。
そう思っています。


**「言葉にできる気持ちは、不格好でも伝えたほうがいい」**

うまく話せなくても、整理できていなくても、
それでも言葉にして、誰かに伝えることには意味があると思います。

今こうしてブログを書いているのも、
私自身がその一歩を踏み出したいからです。



おわりに


もし今、
「自分の傷なんて大したことない」と思って、我慢している方がいたら。

その気持ち、決して小さくないです。

ちゃんと傷ついていいし、その傷を、誰かに話してもいいんです。


私でよければ、その話、聴かせてください。

不格好な言葉でも、大丈夫です。
急かさず、沈黙も含めて、一緒に少しずつ考えていきたいです(^^)



まだ観ていない、濱口監督の
『悪は存在しない』『急に具合が悪くなる』も、
これから観るのが楽しみです。

観終わったら、また感じたことをここに綴りたいと思います♪


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す