イ・チャンドン監督の「オアシス」を初めて観たとき、
あまりの衝撃に、しばらく寝込んでしまいました。
決して嫌な意味ではありません。
それくらい深く、心を揺さぶられたということです。
社会的に弱い立場に置かれた二人の関係を、
この映画は一切美化しません。
同情も、感動的な演出も用意されていません。
ただ、
二人がそこに確かに存在していたという事実だけが、
痛みごと突きつけられる。
観ているあいだずっと苦しいのに、
観終わったあと
「これを観てよかった」という気持ちが、なぜか同時に残るんです。
イ・チャンドン監督の作品は、
他にも観るたびに深いため息が出るものばかりです。
「ペパーミントキャンディ」は時間を遡る構成で、
一人の人生が壊れていく過程をただ見せつけられますし、
「シークレット・サンシャイン」は
信仰と赦しというテーマに一切の容赦がありません。
「君の誕生日」も、
大きな喪失と向き合う痛みそのものを描いていて、
どの作品も観終わったあと、簡単には立ち直れないような、
なんとも形容しがたい気持ちにさせられます。
私はもともと、物事を強く、
深く感じ取ってしまうところがあります。
だからこそ、こういう作品に触れるたびに、
正直かなり打ちのめされてしまいます。
「オアシス」を観たあとは、しばらく涙が止まらず、
頭の中でずっとあの二人のことを考え続けていました。
実を言うと、私は綺麗事が嫌いなわけではありません。
綺麗事は綺麗事で、あって良いものだと思っています。
ただ、
イ・チャンドン監督の作品みたいに、
精神的に生々しいものに深く触れたあとは、
ふと綺麗事で心を休ませたくなる自分もいます。
それくらい、彼の描く現実は容赦がないということなんだと思います。
でも私は、この感受性を嫌いになれません。
目に見えない何かを多く感じ取れるということは、
人の痛みや複雑さにも、
それだけ深く寄り添えるということかもしれないからです。
これは、
普段お客様のお話を伺うときにも、ずっと感じていることと重なります。
チャットレディとして、たくさんの方のお話を聴いてきました。
仕事の悩み、人間関係の葛藤、誰にも言えない胸の内。
イ・チャンドン監督の登場人物たちのように、
簡単に理解されない、
簡単に同情もされない感情を抱えている方は、
きっとたくさんいらっしゃると思います。
「こんな話、わかってもらえないかもしれない」
そう思いながら話し始める方に対して、
私はきれいな言葉で整理したり、
無理にわかったふりをしたりしたくありません。
イ・チャンドン監督の映画が、
痛みや矛盾をそのまま見せてくるように、
私もお客様の気持ちを、美化も同情もせず、
ただそのままの複雑さごと受け止めたいと思っています。
刺激に打ちのめされやすい分だけ、
「それでも聴きたい」という気持ちは、誰よりも強く持っているつもりです。
深く感じ取ってしまうからこそ、深く寄り添うこともできる。
そう信じています。
作品を観終わったあと、しばらく言葉が出てこなかったように、
お話を聴き終えたあと
すぐに答えが出なくても構わないと思っています。
ただ、
その日話したことが、少しずつあなたの中で形になっていく——
そんな時間のお手伝いができたら、それで十分です。
もし今、うまく言葉にできない気持ちや、
誰にもわかってもらえないと感じていることがあるなら。
整理してもらうためじゃなく、
そのままの複雑さを聴いてもらうために、
少し話してみませんか?
答えが出なくても構いません。
その時間が、少しでも心の支えになれたら嬉しいです(#^^#)