言葉は優しいのに苦しい。そのとき心に起きていること

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コラム
好きな人の言葉と行動がずれているとき、
私たちは矛盾した優しさの中で、
自分の感覚を見失いやすくなります。

「言っていること」と「やっていること」が違うとき。

人の心には、混乱や期待、そして自己否定が起こりやすくなります。

このことは、恋愛中にもよく見られます。

たとえば、

「好きだよ」と言うのに、一向に会おうとしない。
「大事だよ」と言うのに、どこか扱いが雑に感じてしまう。

こうした言葉と行動のズレがある関係にさらされると、
人の心は少しずつ削られ、やがて疲れてしまいます。

ではなぜ、疲れてしまうのでしょうか。

言葉と行動がずれるとき、
私たちは最初に「混乱」します。

つまり、違和感を感じるのです。

どちらを信じればいいのか。
何を信じたらいいのかわからなくなる。

言葉は優しい。
だから、気の利いた言葉を聞くと、つい期待してしまう。

でも現実では、混乱し、違和感を感じている。

そして核心は、こうした状態が一度で終わらない、
というところにあります。

何度も繰り返されていくからです。

そのたびに心が少しずつ削られていき、
やがて心の落ち着きを失います。

心の落ち着きを失った分だけ、
不安が心を覆っていくのです。

すると今度は、自分を疑い始めます。

たとえば、
「私って考えすぎなのかな」
「相手に求めすぎなのかな」
と、自分のことを疑うのです。

そして
「でも彼、優しい時もあるし」
と、相手の優しい言葉によって、
心の違和感を打ち消したり、中和してしまうのです。

だから、心では戸惑いながらも、

「きっと気のせい」
「私が敏感すぎるだけかもしれない」

というように、
はっきりしない現実の中で、
自分の憶測や曖昧な感覚のほうに引き込まれてしまうのです。

しかし実際、恋愛中に私たちが心から安心できるのは、
心くすぐられる気の利いた言葉や、
飾り立てられた表現ではありません。

そうではなく、
好きな人の言葉と行動が一致していることのほうなのです。

そして、その積み重ねが、
心を穏やかに、落ち着かせてくれます。

ですから、相手の言葉と行動が一致していないと気づいたとき、
心が苦しくなるのは、人として当然の反応なのです。

それは、あなたが弱いからでも、感じすぎるからでもありません。

仮に責めるものがあるとするなら、
それは自分自身ではなく、

言葉と行動が一致しない関係の中で
生まれた心の揺れなのかもしれません。

そこで恋愛中は、心の揺れがあるということを知ったうえで、
相手の言葉と行動が一致していない状況にあるときには、
無理して関係を進めようとしないこと。

そして、一度立ち止まって、
そのときの自分の心を見つめて、
必要なときには寄り添ってあげることが大切なのです。

その一方で、恋愛中は特に、
言葉で心が救われることがあります。

私たちは、好きな人から言われた些細な一言で、
心が癒されたり、安心できる日があります。

しかし、心の底から安心できるのは、
相手の繰り返しの行動のほうなのです。

なぜなら、言葉と行動がずれている人を前にすると、
相手を疑うよりも先に、自分を疑ってしまうからです。

つまり、矛盾した優しさの中では、
私たちは自分の感覚を見失いやすいのです。

だからこそ、心の中の小さな違和感に気づいたときには、
その自分を雑に扱わないことが大切です。

それは、ただの気のせいではないかもしれず、
心が助けてほしいと送っている「サイン」かもしれないからです。

言葉と行動のズレに苦しくなるとき、
私たちは相手よりも先に自分を疑ってしまいます。

そんなときは、答えを急ぐよりも、
まず自分の心が何を感じているのかを
整理してあげることが大切なのかもしれません。


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