元教員なのに、朝になると焦ってしまった

元教員なのに、朝になると焦ってしまった

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コラム
「元教員なのに、親になったら分からなかった」シリーズ第3弾

このシリーズでは、元教員として不登校の子どもたちを見てきた私が、いざ自分の子どもが不登校になったときに感じた「分からなさ」をお伝えしています。

■ 朝が怖かった

娘が不登校になってから、朝が来るたびに胃が重くなりました。

起きてくるかな。今日はどうかな。学校に行けそうかな。

そんなことを考えながら、娘が起きてくる前からソワソワしていました。

■ 「今日はどう?」が言えなくなった

最初は毎朝「今日は行ける?」と聞いていました。でも、それが娘にプレッシャーをかけていると気づいてから、聞けなくなりました。

聞かなければ、娘は楽かもしれない。でも聞かないと、私が不安で仕方ない。

この板挟みが、毎朝続きました。

■ 元教員だからこその焦り

教員をしていたとき、私は「不登校は早期対応が大切」と信じていました。長引くほど、学校に戻りにくくなると。

だから、娘が休み始めた最初の頃は、「早くなんとかしなければ」という気持ちが強かった。

でも、その焦りが娘を追い詰めていたかもしれないと、後になって気づきました。

■ 朝の過ごし方を変えた

あるとき、思い切って「今日どうする?」を聞くのをやめてみました。

娘が起きてきたら、おはようと言う。ご飯を出す。それだけ。

行くとも行かないとも、何も言わない。

最初は自分がつらかった。でも、娘の表情が少し楽になっていくのが分かりました。

■ 焦らなくていい、と気づくまで

正直、今でも朝は少し緊張します。完全に平気になったわけではありません。

でも、「今日どう過ごすか」は娘が決めること、と思えるようになってから、少し楽になりました。

朝の焦りは、「なんとかしてあげたい」という親心から来ています。それ自体は悪いことじゃない。

ただ、その焦りを子どもにぶつけないことが、今の私にできることだと思っています。

もし毎朝の時間が苦しくて、どうしたらいいか分からなくなっているなら、えんがわ相談室に話しかけてみてください。

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