不毛な恋愛と占いへの依存から見えた“利得”

不毛な恋愛と占いへの依存から見えた“利得”

記事
コラム
私は今でこそ『好きな相手の気持ちは、占いで訊くんじゃない!直接訊く事だ!』なんて言っているけれども、以前はしっかりちゃっかり“占い”に依存していた。
これはまだ、『自分の人生をより良くする為には、結婚するしかないんだ!!』と思い込んでいた去年のこと。

相手の意図が分からない上に、LINEブロックと解除の反復横跳びをされ、困っていた。
冷静に考えれば、そんな相手に付き合う必要はなかったと思える。
しかし当時は『結婚だ!』という目標の固定観念から、視野が極限まで狭くなっていた。『チェンジ!』という考えすら、どこかにすっ飛んでしまっていた。
「好かれないと!結婚しないといけないんだから!」
なんて自分の本音に向き合わず、意見や考え方が合わない相手に迎合することに、ひたすら必死になって…。

相手から来るのは、無言で大量の日常写真だけか、一言一言思いつきのポエムのような訳のわからないLINE。解釈違いから言い合いになれば、即ブロックされてしまう。だからこそ、意図を汲み取ろうと必死に相手の気持ちを占って、挙句
「見落としがあってはいけない!」
とYouTubeの占い動画を、ひたすら見漁っていた。

自分も“占い”の手法を嗜み、YouTubeでカードリーディングチャンネルを運営していた。だからこそ、占いに依存する人の心理はわかっていた…つもりだった。
更に以前、別の人に片思いをしていた時に
「あ、相手の気持ちじゃなくて、自分の気持ちが大事なんだ。」
「たとえ相手からなんとも思われてなくても、まずは自分が好きだと思えるならそれで良いのか!」
「相手の気持ちなんか占っても、仕方がないよね。自分の気持ちしか変えようがないし。」
と、納得していた…筈だった。
そんな自分がアレヨアレヨと、他人のYouTube運営という承認欲求の昇華や小遣い稼ぎに、貴重な“時間”を注ぎ込んでしまう。その結果に一喜一憂しつつ、相手から好意があるかを確認して、相手に嫌われないように迎合する日々。
その上でブロックされては
「なんで!?」
とキレ散らかしていた。しかしその都度しっかり、自己内省に時間を宛てて、『今自分が、何を悟るべきタイミングなのか…』と居直ってきた。
とはいえブロック解除で、顔色を窺うようなLINEが来たら、そこから
「あ!嫌われてない!大丈夫!」
などと毎回脳ミソを溶かし続け、あっという間に、季節は夏が秋に変わってしまった。

そんな中、またブロックされた。きっかけは、相手から数度目のデートドタキャンだ。ここに痺れを切らし正論を返したら、言い訳祭りの末にブロックされた。
世間には、発達障害やADHDや毒親育ちだから…といった言い訳が山程溢れている。
過去に自分も、散々言い訳に使ってきた上で反省したことなのだが、『仕方がない』のお気持ち表明なんて“まともな人”には関係のない、ただの“迷惑行為”でしかない。心理学で言えばそれは、ただの“弱者マウント”でしかない。
まともに“大人になれていない”と思う所には、自分で自分に向き合って、自分で折り合いをつけて解決していくしかない。
他人との衝突でそれを言い訳をしたいのなら、頼むから独り善がりに酔うだけで、リアルでは誰も巻き込まず関わらず、独りで落ちぶれていてくれ…と、私は言い訳をしていた昔の自分に対して思う。
誰だって難有りデバフ持ちより、フレッシュで心身ともに健康な“まともな人”とお付き合いをしたい。だろ?
グズグズ重ね続けられる言い訳に対して、正論を返しているとブロックされた。
流石に頭に来た。
「50手前で、いつまでも小学生拗らせてんじゃねぇぞ!」
と。しかし頭に来たからこそ、やっと気付いたのだ。
「私、この人と合わない!!」
と。やっとやっと、こんな相手と、もう恋愛や結婚なんて無理だ!!…と思えた。

ここで昔のことを思い出した。
「私のこと好き?」
と、挨拶以上に訊いてくる相手と、付き合っていた時の話だ。
「うん、好きだよ。」
訊かれる度、安心させるように返事をしていたけれども、それが延々と続くと、流石に面倒になってきた。
「すきだよー」
段々、感情が乗らない“とりあえず”の返事をするようになり、不毛さに嫌気がさしていた。
「どれだけ相手に自分の気持ちを伝えても、受け取ってもらえない。…じゃあ私じゃダメだな!」
そう振り切れた時。また
「私のこと好き?」
と電話で訊かれた。その返事に
「今しがた、嫌いになりました!!!!」
と言って電話を切った。その後は鬼電を無視し続け、メールも無視し続け、SNSでボロカスに言われ、最後には『クソ野郎!!』の称号まで貰った。20代前半の話だ。

あの子とアラフォーの私が今、相手の気持ちを一生懸命占ってるのって、変わらないな。
たとえ占いの結果であれ、『好き』という結果に喜ばないのは良くなかった…と反省した。
それを素直に受け取れないのは、自分に問題がある。必死に“相手に好かれているか”を何回も聞いて、自分の不安や心配に蓋をして、頻繁に確認と納得をしているのはおかしい。
そもそも、占いに必死になるあまり、相手の言葉をまともに聞いていなかったことにも気付いた。
「あれ?相手から好きって…言われてないよな。」
それに気付くと、急に冷めてきた。

「そもそも、相手の気持ちなんか、占いで訊くんじゃなくて相手に直接訊くことなんだよ!まともに訊けないなんて、都合が悪いことを聞きたくない逃げか、そこまで信頼できてないってことだろ!?」
すっかり忘れきっていたけれども、まともに考えればこの理論に辿り着く。

その上で考えると私は、相手に気持ちを問いただし、『嫌い』と言われたくなかったのだ。『嫌い』と言われて、“結婚”という目標への道が遮断されることが恐かったのだ。

何よりまず、『好き』って相手が言ってるから自分も好き…って、条件付きの愛情だ。真心なんかじゃない。愛でもなんでもない。
『自分の本心は?本当に相手の事好き?』と、自分に訊くと、即答で
「どうでもいい。信用してないし。」
なんて言葉が出た。
占いで誤魔化していたけれども、心の中ではとっくに“恋愛”は終わっていた。
だからこそ、直接問いただした先で、相手から『好き』とも言われたくなかったのだ。

けれどもこんな不毛な関係に留まろうとして、占いにも依存している…。
この裏側には何がある?
依存の裏には、必ず何か“利得”がある。これは法則だ。

無理矢理にでも、それを探り始めると、自分の“やりたいこと”が見えてきた。そこには必要不可欠な努力や、自分で切り拓くというチャレンジが隠されていることも…。
都合良く“占い”で思考停止させて、不毛な関係だと解りつつ『結婚しないと!』に縋り付いていたのは、そのチャレンジに対しての“逃げ”だった。

利得のカラクリが見えてくると、あとは選択するだけだ。
不毛な“うまくいかない現状”で、思考停止したままでいるか。
勇気を出して、依存や執着を認めて、本来のチャレンジや努力に視点を向けるか。
私が選んだのは、後者だった。するとあっさり、『結婚しないと!』なんて全く思わなくなってしまった。同時に、占いなんてどうでも良くなってしまった。

そこからブロック解除されて、顔色を窺うようなLINEが来たのは正月だった。
その時には、すっかり意気揚々と別れ話ができる程、自分のやりたい事に忙しくなっていた。


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