自分でもわかる。今の自分は1年前と大幅に違いすぎて、驚くほど別人だと。
そんな1年の間で。“恋愛”がうまくいかなかったことから、自分がいかに“自分の本心”で行動していなかったのかがわかり、反省した。
そんな話。
私は去年まで、世間のセオリーや、他人の価値観に迎合して必死になっていた。
いい歳になったら、恋愛から結婚をして、子育てをして、そこからの人間関係から学ばせてもらわないと…。それができないと、立派な大人とは言えない。そんなまともなことができない奴は、社会や宇宙で役に立たない。まともな同級生は、みんな結婚して子育てに励んでいるのに!
どうして自分はできないのか…など。
社会人としての躓きをきっかけに、政治や世論は勿論。占いやスピリチュアル界隈の話に、自分の意見を持たずに傾聴し過ぎだあまり、凝り固まってしまっていた。
その為、ただひたすらに『どうにかして早く結婚しないと!!』と焦っていたのだ。
焦る中、“ツインレイ”や“運命の人”といった、占い・スピリチュアル界隈の常套句を否定しつつ信じるという矛盾。その矛盾を都合よく解釈したい程には、本当に心から『愛している』と思えた相手との“再会”に、執着していた。
そんな相手は2年間、占いを信じて待てど暮らせど、音信不通のままだった。
やっと顔を上げて
「他の恋愛をしよう。」
と思えたのは、夏の“終戦記念日”を、数週間前にしたある日。
ふと、考えた。
戦死した相手を想い続けて、一生独り身を貫くか。戦死した相手への愛情を胸に秘めつつ、新しい愛情を選んで生きたのか。
当時の人達は、どうにも変えられない“死別”という中で、決断に迫られた。そこから苦渋の選択をして、自分なりに生きてきた。
その決断・選択に間違いはなかった…と、言い聞かせながら。もしくは、すっかり忘れる程に、現実を幸せに生き抜いたか。
そう思うと、現代の平和な中で音信不通になっているから『いつかまた会えるかも』なんて仮定が生じ、そこから再会の妄想に浸れるのか…と思った。相手はまだ、生きているのだから。
しかしそれをいいことに、執着から現実逃避に浸って思考停止しているのは、時間(寿命)が勿体無いのでは?と。
縁があれば、嫌でも再会する。なければ乞うても無い。
ひとまず、視点を変えよう。
そう思い、次の恋愛を求めて“マッチングアプリ”に登録した。
「アラフォーの自分に、余地はあるのか?」
なんて不安だったけれども、アレヨアレヨであっという間に1人といい感じになって、1ヶ月も経たぬ間に恋愛へ発展していった。
初めは、あまりにもトントン拍子だった為、嘘かのように疑っていた。顔が良い上に、本当に無難な人で、あまりにも“出来レース”過ぎて。
けれども、“普通”にたわいも無い会話ができることに、慣れてくると、
「あ、こんなにあっさり新しい恋愛ができるんだ!」
と、楽しめるようになっていた。
そんな矢先、徐々に合わなくなっていった。
会話が次第に、つまらなくなっていったのだ。
「普通の人ってこんな感じだから…。」
不満に対して言い聞かせつつ、返事は快くする日々。そんな違和感をよそに、会話は続く。
そして事が起きた。
相手からの、LINEブロックと解除の、反復横跳びだ。
もう、デートの約束どころじゃない。
最初にブロックされたときは、『なんで!?』と焦った。
この関係から、早く結婚して子供を育てて…と、プラン遂行に必死だった為、それを一方的に遮断されたことに焦り散らかした。
ブロック解除で、相手からLINEが来たときに、ひたすら安堵したのを覚えている。
しかしその、ブロックと解除の反復横跳びが頻繁すぎて、気付けば
「あ。またブロックされた。」
と都度呆れつつも、自分なりに『何を悟るタイミングなのか…』と考える期間にした。
その期間、相手から連絡が来るまで、一切自分から連絡をすることは無かった。
相手からの、反復横跳びが3ヶ月も続くと、相手への信頼や信用は一切無くなっていた。
この期間に相手がいたのは、日数換算で14日程度。残りは“自分ひとり”だ。
おかげで自分は、完全に“相手がいなくても良い”という状態にまで、最適化してしまった。
3ヶ月間。相手と話にならない代わりに、ChatGPTとやりとりをして、“今、自分ができること”に集中していった。
そうしていると、自分なりに“何がしたいのか”が見えてきて、手探りで色々と試すようになっていた。noteで有料記事を作ったり、YouTubeの動画をUPしていたり。
気付けば完全に、恋愛を経て結婚して家庭を持つことを、自分の目標としなくなっていた。
今年の正月にブロック解除されたかと思うと、また調子良く相手がLINEをボンボンしてくるようになった。正直もう、中身の無い相手の“かまちょ”に付き合う気は一切無かった。
丁寧なお断りと感謝の文で、別れを切り出した。それに対し、相手は必死にポエムのような気色の悪い言い訳を、ボコボコ送ってきていた。正直それで、完全に“嫌悪”まで振り切った。
最終的に
「友達として、LINEしてもいい?」
と訊いてきた為、それには『OK』と返答した。
あれから度々、LINEをしてくるけれども、鬱陶しい程中身の無い話。
“趣味”と言いつつ、何もかも話題性の消化のみで、まともに感想を語れもしない。
何もかも、“味わい方”を知らない。薄っぺらい人。
高校生とでもLINEしてろよ…暇じゃねぇんだよ!!!!!!!
相槌さえ億劫で、文句が吹き出す中。ハッと気付いた。
ここに“合わせていた”のは、去年の自分だ…と。
そもそも、“中身が無い薄っぺらい奴”というのは、“迎合で創り出した私自身の虚像”だ。
全く興味のない、企業のPUそのままのJ-POPを勧められ
「いいですねー楽しい気分になりますねー」
と言いつつ、思い切り昔のMUCCやDIR EN GREYの、重い音で聴覚を埋めていた。
話題の映画にも
「綺麗でしたーよかったですー」
と言いつつ、『クソ長ぇよ…もっと良い映画知ってるよ。』と思っていた。
しかし相手はこんな私から、本心ではなく“迎合の言葉”しか聞いていない。聞く機会も、ブロック期間を差し引けば、1年の内“ごく僅か”だ。
相手の中で私は、『J-POPや流行が好きなミーハー』程度の認識で仕上がっている。
相手は、“虚像の私”しか知らない。
去年はとにかく『結婚しないといけない!』と思い込んでいたから、こんな自分と全く合わない相手に、話を“うまいことあわせて”恋仲までこじつけたのだ。
“自分の本心”を捻じ曲げて、ひたすら相手に迎合することを最優先にして…。
LINEのブロックがなく、自分に向き合うこともなく、ホイホイと結婚までしてしまっていたら…と、ゾッとした。
相手を欺くことは勿論、ずっと自分も欺き続けないといけないのだから。
改めて、本当に恋愛が全くうまくいかなくて良かった…と思った。
1年かけて、自分の本心を追って踏みとどまり、こうして反省する機会になった。
そして今、“本来の自分”でLINEを返している。
絡み合わない会話の中、相手だけが在りもしない虚像を追っている。