カードリーディングが下手になったことから、リハビリを兼ねて、YouTube用の動画撮影に励んでいた。
そんな中、思い悩んでしまった。
「再生されない!!」
YouTubeで、致命的な状態。
あまりにも…な数字に、『えぇ…』と頭を抱えた。
原因は、明らかに“ニッチな内容・見せ方”だからだ。
サムネイルは超シンプル。神託からかけ離れた、地味で現実的な内容。
明らかに、既存の“カードリーディング”とは違う。
再生数を伸ばそうと思えば、簡単なことはわかっている。
まず内容は、依存性の高い『あの人の気持ち』『あの人の本音』などにする。それをダラダラ長時間喋り尽くして『応援しています・幸せを願っています』と締めくくればいい。
また、ユーザーインプレッションが高い『今必要・奇跡・変化・予想外・偶然』といった言葉に、即効性をうたう『1ヶ月/48時間/24時間』と短めの期間を限定して、盛りに盛った未来の内容を語るのもいい。
別に、当たろうがどうだろうが、関係ない。高すぎる希望や理想は、聞いている相手も
「まさか、そんなのあり得ない!」
と笑ってしまう。だからいい。
「引き寄せの法則・宇宙の法則で、“無理だ・そんなまさか”という潜在的なブロックがあるから、その奇跡が起きなかったんです。」
という理屈(言い訳)が、静かに成立するだけだ。
しかしこんな不毛なことに、視聴者は依存してくれる。
たった数%の『当たった!』という感覚は、まるでパチンコの当たりのように脳汁が出て気持ちがいい。このギリギリを攻めて煽ってやれば、依存性はますます上がる。
「些細なことかもしれませんが、何か貰えるかもしれません。」
なんて、街中でポケットティッシュを貰っても、『これか!』と認知バイアスを狙える。
サムネイルを人気のチャンネル動画に似せる。これでアルゴリズムへの認知は勿論、ユーザーの誤認で再生クリックを誘う。クリックから『これは違う人のやつだ!』という認知とブラウザバックまで、大体10秒かかる。これでクリック率はしっかり稼げる。まずそれさえ稼げれば、オススメ表示率は上がる。表示率が上がれば、再生率も上がる。そんなシステムだ。
そうやってきた。
しかし今の自分は、恋愛系の『あの人の気持ち』といった現実逃避が不毛だと知っている。奇跡や変化などの、所謂“棚ぼた系”を嫌っている。
そんなものは、“偽りの希望症候群”を煽るだけだと、わかっている。
未来なんてまだ起きもしていないことを、ダラダラ語るなんて、時間の無駄だ。
“現在”を誠実に生きて、それを積み重ねる。これがシンプルな人生だと私は思っている。
確かに、既存や既知の事実に従えば、集客や依存は叶う。わかっている。
しかし自分の思想や哲学、美学に反して、集客の為に身を削るのはどうなのか…。
皆と同じことをしていれば良いものを、何故ここまでできないのだろうか。
先人が、歩きやすい道を作ってくれている。それをなぞっていれば、何も苦労はない。
なのにどうして、自分はわざわざ未開の獣道を見つけて、踏み込もうとしているのか。
“普通”にできないなんて…。
段々暗くなっていく中、ハッとした。
いや、有難いタイミングで、DIR EN GREYの期間限定LIVE動画配信があった。YouTubeで、それを再生させていた中だった。
「どんな中でも、自分達の信念を貫いてきたから、今の姿があるんじゃないか。」
激しいシャウト。激しく唸るギター。それはMacBookのスピーカーから発せられるだけでも、臨場感があった。
私が中学生の頃、正直あのシャウトは勿論、世界観が怖かった。しかし年齢を重ね、音楽を聴いていると、ここまで人間“らしさ”を抉り出し続けるアーティストに唯一無二の魅力を覚える。
好き嫌いは、確かに分かれる。正直万人受けはしない…と思う。しかし、ディルからではないと得られない栄養素がある。
彼等が“普通”を意識して、一般ウケを狙って生温い言葉を吐いていれば、確実に私は聴いていない。
後続のヴィジュアル系バンドは、確かに最初こそ尖っていた。
けれども、手応えを感じてから“目標”が変わってしまうと、急に丸くなってつまらなくなる。
メジャーを狙ったり、名誉欲や自己顕示欲・承認欲求を満たそうという目的になってからは、
「これ、ヴィジュアル系じゃなくてよかったんじゃない?」
といった曲やパフォーマンスになっていく。
逆に、ヴィジュアル系じゃないと、この世界観は表現できないよね…といったバンドは、独自の世界観や表現したいものがある。但し、あっという間に解散・活休・脱退してしまうのは、一般的に『方向性・音楽性の違い』といったズレだ。
ここから、“後続・憧れ・模倣”の脆弱性を感じる。
集ったきっかけや志が共通していても、自分達にしか表現できない世界観や音楽といった“オリジナル”の可能性に到達できなければ、衝突が生じる上に燃え尽きてしまう。
これは、バンドだけではない。クリエイターなら、誰しも遭遇する壁だろう。
…なんて分析を楽しんでいると、ハッとした。
「私も、目的変わってるじゃん!!」
そうだ。他人様を分析していても、何も進化しない。
気を改め、自分を振り返ってみると、YouTubeの中で悩んでいることは、
「どうやったら、自分が有名になれるだろうか…」
と悩む承認欲求と自己顕示欲、名誉欲を求めて、“一般ウケ”に傾倒していくバンドと変わらない悩みだ。うっかりしていた。
ここで、“やりたいこと”を思い出す。
自分は“カードリーディング”をしたいのだ。YouTuberになりたいわけではない。
有名になりたいのではない。“人生”というゲームの攻略方法を、ただ喋りたいのだ。…正直、仏教を宗教としてではなく、哲学の一種として語りたいというのが目標だ。正直もう、自己満足でしかない。
今悩むべきは、YouTubeの再生回数や、アルゴリズムの攻略法ではない。
自分の表現が、その目標に近付いているか…だ。
目標が違っていたから、妙なことに悩んでしまっていた。それだけだった。
なんとしょうもないことに、時間を使っていたのか…と笑ってしまった。