スピリチュアルが嫌いなのにカードリーダー?|矛盾整理にロジックツリー

スピリチュアルが嫌いなのにカードリーダー?|矛盾整理にロジックツリー

記事
コラム
私は、カードリーディングをしている。
但し、“スピリチュアルが嫌い”といった矛盾に悩んでいた。

タロットカードが好き。オラクルカードも好き。
それを使って、カードリーディングをしているなら、どう見ても“スピリチュアル”の人だ。

しかし、カードリーディングをしている中で、疑問があった。
「凄く良いカードが出ているので、大丈夫です。」
「強力な〇〇様と〇〇様のカードが出てきたので、何も心配ないです。」
過去に散々、自分でも言っていたけれども……
『何が?根拠は?』と、思わないか?
少なくとも、私の脳内では、コンギョおじさんが『根拠を言えー!!』と荒ぶる。

天使のカードデッキを使っていれば、当然カード展開は、天使だらけになる。
様々なカードデッキを組み合わせていても、そのデッキが神様仏様龍神様…といったデッキなら、言うことは大体決まっている。
「こんなに沢山の守護がついているので、大丈夫です!」
「沢山の神様のカードが出てきたので、幸せは間違い無いです!」
…は?
それで人生思い通りになってりゃ、世話ねぇよ!!ヴォケェッ!!!!
頭の中では、大総統閣下がお怒りになる。『大っ嫌いだ!』と。

そんなネットミーム達で誤魔化したところで、私の脳内に走る矛盾は消えない。
根拠の無い言葉で、希望や期待を煽り、更に深い挫折や絶望に追い込む。心理学で言えば、“偽りの希望症候群”のトリガーや助長。
それを平然とやってのけ、尚且つ現実逃避で思考停止と、相談者の依存を煽る。
界隈の常態化してしまっているやり方に、うんざりしていた。

そもそも、タロットカードやオラクルカードに、凄惨で絶望的なカードなんて無いに等しい。カードに振られた意味をなぞって解釈すれば、誰でも現実逃避夢心地な、都合の良い言葉しか出てこない。
ポジティブ思考は大事だが、それだけで他人に相談したい程の案件は、解決しない。

考えれば考えるほど、スピリチュアルどころか、大好きな筈の“カードリーディング”まで嫌いになってくる。
『カードリーディングが嫌いなカードリーダーです!』なんて、外科が嫌いな外科医ぐらいおかしい。しかし、そうでも言わないと、自分に納得できないような状況になっていた。

小さなシワ無しブレインを、必死にキュルキュルさせながら、
「スピリチュアルが胡散クセェよ。嫌いだよ!でも、カードリーディングは好きなんだよ!やりたいんだよ!」
と矛盾を抱えつつ、ボールペンでルーズリーフの上を千鳥足で放浪する。
そんな時に、ハッとした。
「あ、スピリチュアルが嫌いって、“音楽が嫌い”と同列になるわ。」
同時にDIR EN GREYの曲を聴いていると、急に頭が冴えてきた。

改めて気付いたことを、ロジックツリーに書き出していくと、ボトルネックが見えてきた。
現状を整理すると…
音楽=スピリチュアル
ギター=タロットカード・オラクルカード
ロック=カードリーディング
こんな同列に、結ぶことができる。

「ギターが好きだから、ギターを弾きたくて堪らない!」
と、ギターを掻き鳴らす人が、『音楽が嫌い!』とは言わない。
ギターを掻き鳴らしながら、『ギターが嫌い!』とは言わない。
ヘヴィメタが好きなアーティストが、『ロックが嫌い!』とは言わない。
ならば私が嫌っているのは、スピリチュアルでもなければ、カードリーディングでもない。ヘヴィメタやパンクなどに結ばれる、そのカードリーディングの中で細分化された“表現のあり方”じゃないか?

だからといって、ここで嫌いなものを数えていても、何にもならない。
音楽に当て嵌めれば、ここから大事になってくるのは『自分がどんな曲を聴きたいか』という、自分の意見だ。

ロジックツリーで繋げば、課題は明確になった。
『自分が好きだと思える・納得できるカードリーディングを、追求していく。』
これだ。

確かに、自己満足になるだろう。
自慰行為のような、酷い独り善がりでしかないだろう。
でもまずは、自分が“良い”と思えるものを表現してみないと、次の課題は見えてこない。

そう思うと、『スピリチュアルが嫌い!』という悩みは吹っ飛んでいった。「J-POPとかアイドルが好きな人達って思えば、良いじゃん。」
「コテコテのヴィジュアル系が好きな時点で、ニッチな趣味なんだから、そこを楽しめば良いのか。」
妙な納得をしながら、今日もカードリーディングを嗜んでいる。
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