本屋に行くと、なぜか足元がグラつく。知的好奇心の沼と「目的」を見失わない技術

本屋に行くと、なぜか足元がグラつく。知的好奇心の沼と「目的」を見失わない技術

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コラム
本を読んでいると、少しずつ意識が「読書」というモードに向いていきます。その状態で久しぶりに本屋へ足を運ぶと、どのコーナーを覗いても魅力的な表紙やタイトルが目に飛び込んできます。「世の中にはこんな面白い世界があったんだ」「このテーマについても知りたい」と、新しい発見の連続にワクワクが止まらなくなります。

気がつけば、自分の興味があらゆる方向へと大きく膨らみ、頭の中の関心がまとまらなくなっています。

この状態自体はとても楽しいものですが、少しだけ気をつけないと、私たちは知らず知らずのうちに一つの罠にハマってしまいます。それは、「本を読むこと」そのものが目的になってしまうという罠です。

いろんなコーナーを巡り、次から次へと面白そうな本を買い漁る。ページをめくっているうちに、何だか自分ものすごく勉強したような、成長したような気になってきます。

けれど、ふと冷静になったとき、こう気づく瞬間があります。「あれ、私はいったい、何のためにこの本を読んでいるんだっけ」と。

もちろん、計画から外れて思わぬジャンルに興味が広がり、その偶然の出会いを楽しむのも読書の醍醐味のひとつです。その「寄り道」が人生を豊かにしてくれることもたくさんあります。だからこそ、「今のこの広がりを楽しみたい」と感じるなら、そのままでいいと思います。

けれど、自分のなかのセンサーが「いや、今のこの目的のズレ方はちょっと良くないな」「なんだかただ消費しているだけになっているな」と感じ取ったとき。そんなときは、そのまま流されてしまうのではなく、そこで一度グッと立ち止まることが大切です。

「私は、何のためにこの本を読むのか」。誰かに強制されたわけでもなく、ただ自分の意思で、もう一度その問いに立ち返ってみる。「今は知識を深めるためにこの1冊に集中しよう」と選び直すのか、「今日はただの気分転換としての乱読を楽しもう」と自分で納得して進むのか。

大切なのは、流されてしまうことではなく、今の自分の状態を自分でちゃんと見つめ、納得した上で選択し直すことです。

本屋という誘惑の多い場所で、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしながらも、「あ、今ちょっとズレたな」と気づいて自分で舵を切り直せる。そんなふうに自分と対話しながら本と向き合えるようになると、読書はもっと自由で、もっと心地よいものに変わっていきます。

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