小説『極寒の殺人鬼』

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コラム

夕方、起きたら一面が雪景色だった。
私は雪の街を歩く。
傘に小さな吹雪が触れる。

今日は近くのコンビニまでの距離がヤケに遠い。
秋頃に過度の激務の為に病院で心の病の診断がくだり、仕事を休職していて、ひきこもりである私の生命線はコンビニだった。
とにかく身体の芯に通るような寒さだった。

私は昼夜逆転している生活だったので、起きて朝食を買いにいくのは、大体、夕方の五時を過ぎた頃だった。
暗い。
暗い雪の中、傘を差している。
ふと、何者かの気配が私に近付いてくるのが分かった。
私と歩幅が同じだ。
歩みを私に合わせている。
……きっと、気のせいだろう。そう思う事にした。
それにしても、コンビニが遠い。
いつもなら、五分程で辿り着く。
けれども、何故か一向に辿り着かない。
角を二つ程、曲がったらすぐの筈なのにコンビニに辿り着かない。
ざっ、ざっ、と。背筋に異様なまでの寒気が走った。
まるで、ナイフが背中の皮膚一面で滑ったような感覚だった。

そう言えば今、時間はどうなっているのだろう?
私はスマートフォンを取り出す。
すると電源が切れていた。
ちゃんと充電器を付けていた筈だったのに……。
私はすぐに記憶違いであると思う事にした、スマホは充電器のコードを差し込んでいなかったに違いない。それから、コンビニに辿り着かないのも、雪のせいで視界がボヤけて、
間違えた道を行ったに違いない。
ざっ、ざっ、と。
背後の足音は私に近付いてくる。
しゃり、しゃり、と、何やら刃物のようなものを研ぐような音が聞こえた。くちゃり、くちゃり、と、涎が足れるような音も聞こえた。

私は幻覚や幻聴の類を見てしまう病気になった。
だから、それだろうと、私は解釈した。
すると、足音は途端に消えた。
しばらくして、私はようやくコンビニに辿り着く。
店内は私一人だけだった。店員はぼうっと、空ろな目で店内を見ている。
私はパラパラと漫画雑誌を立ち読みする事にした。……頭の中に内容が入ってこない。……私は雑誌を立ち読みしながら、ちらちらとコンビニの外を見る。私の背後を付けていた人間らしき者は見つからなかった。時計を見ると、夕方の六時をかなり過ぎている。五時に出た筈なのに、まるで時間が消し飛んだかのようだった。
私は漫画雑誌とカフェオレのパック、そして焼肉弁当を買ってコンビニを出た。
コンビニを出てしばらく歩いて曲がり角に差し掛かると、ドンッ、と何者かに強く背中を叩かれた。私は転倒して雪の中にうずくまる。ガンッ。
私の真横には、鋭利な刃物が地面に叩き付けられていた。
気付くと、私はコンビニの袋を奪われていた。
私はパニックになって、その場から走って逃げてコンビニの中に戻った。百十番しようと思ったが、スマホの電源が切れている。財布は盗まれていなかった。

店員に事情を話すと、面倒臭そうな顔をして警察に電話するのを断られた。……信じて貰えていないみたいだった。何やら私が酔っておかしな奇行にでも走ったんじゃないかといったような疑いの目をしていた。
私は仕方なく、すぐに家に帰ってスマホを充電した後、警察に電話する事にした。
そういえば、傘も失っていた。

帰り道の事だ。
角を曲がっていくと、ズタズタに引き裂かれた私の傘があった。傘の下には、ズタズタに引き裂かれたコンビニ弁当と漫画雑誌と紙パックがあった。
弁当の中身は野犬が襲ったように喰い散らかされ、漫画雑誌は登場人物達の顔が執拗に切り刻まれていた。私は思わず、悲鳴を上げた。
私は必死で借りているアパートへ向かって逃げた。
アパートの中に入り鍵を掛けて、うずくまる。
警察に電話を掛ける……繋がらない。
ふと…………。
私はある事に気が付く…………。
…………、私はこの辺境なボロアパートにわざわざ空き巣に入る人間なんていないだろうと考える。これまで変質者の類もいなかった。だから近くのコンビニに寄る時には、アパートにろくに鍵も掛けていないような人間だった。

…………、私は鍵を掛けて、コンビニに向かっただろうか…………?
そもそも、家に入る時、鍵が開いていた。
私は息を飲む。
かちゃり、と、慎重に家の鍵をロックする。
私のアパートには、使っていない押し入れがある。
そこから、何か気配を感じる。
スマホの充電が終わらない…………。警察に電話しなければならない…………。

ハァハァ、と、押し入れの中に息遣いを感じる。
外を見ると、猛吹雪になっていた。
警察に電話出来たとしても、猛吹雪の中、到着は遅れるんじゃないだろうか……?
私は部屋の隅にあるものを見つける。

それは鳥の死骸だった。
所々が、人間の歯型で食い千切られている。
私がペットとして飼っていた文鳥だった。

押し入れの中で息遣いがする。
壁の部分を見ると、何やら刃物で大きな文字が書かれていた。

“オナカガヘッタ”だそうだ……。

ぎぃー、と。
押し入れが開いていく。
何か、人間であって、人間で無い者が私に飛び掛かってくるのが分かった…………。
胸部と腹部の引き裂かれる確かな痛みは、幻覚でも幻聴でも無かった…………。


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