朝日新聞(2026年5月2日)に、ためこみ症についての記事が出ていました。
ためこみ症—— 価値のないものをためこんで手放せず、生活に支障が出る精神疾患です。 2013年から、世界の精神医学の診断基準(DSM-5)に正式な診断名として収載されている、れっきとした病気。
(「ものを捨てられない人」が病気だったって、知ってました?私は知りませんでした)
東京・中央区の原井クリニック院長、原井宏明氏は、診察のときにこう尋ねるそうです。
「お財布を見せてもらっていいですか?」
——え、財布?
ためこみ症の傾向がある人は、もう使わない会員証や、何ヶ月も前のレシートで、財布がパンパンになっている。 財布の中身に、その人の"手放せなさ"が現れる、ということらしいです。
ある患者さんの例も載っていました。 独身時代は、好きなアイドルグループの記事の切り抜きをためこんでいた。 子どもが生まれてからは、子どもの作品だけじゃなく、髪の毛、おむつまでためこんでしまった。 配偶者が相談に来て、治療が始まった、と。
(髪の毛、おむつ……愛情の量が、保管に変換されてしまった話)
あれ。これ、ものだけの話ですか?
ここで、立ち止まらせてください。
ためこみ症の特徴を、整理するとこうなります。
価値のないものを手放せない
捨てることに、心の痛みを感じる
捨てるか残すかの判断に、時間がかかる
結果的に、どんどん増えていく
本人は、病気だと気づきにくい
——あれ。
これ、私の頭の中で起きてること、そっくりじゃないですか?
10年前に職場でやらかしたミス。 20年前に友達に言われた一言。 3年前にうまく返せなかった、誰かのメッセージ。
これ、ぜんぶ、まだ私の中に入っています。 取り出せば、いつでも、その時の声色まで再現できる。
(なんで覚えてるんですかね、こんなに鮮明に)
そして、これらに共通しているのは—— **「捨てたほうがいいことは、わかっている」**ということ。
頭では、もう関係ない、忘れていい、過去のこと、と思っている。 でも、心の中の財布から、取り出せない。
私たちは、心の中に"古いレシート"をためこんでいる
物理的な財布の話じゃなくて。
私たちの心の中にも、財布があります。 そこに入っているのは、もう使わない自己評価のレシートです。
例えば——
「あの時、自分はダメだった」というレシート
「私は人に迷惑をかける存在だ」というレシート
「どうせ、また失敗する」というレシート
「みんなはちゃんとできるのに、自分だけ」というレシート
これらは、もう使えないんです。 10年前のコンビニのレシートと同じで、いまの私の生活には、何の役にも立たない。 でも、捨てられない。
捨てようとすると、こう思うんです。
「でも、これを忘れたら、また同じ失敗をするかも」 「これを覚えていないと、自分が誰だかわからなくなる気がする」 「捨てたら、その時の自分を、否定することになるんじゃないか」
——これ、ためこみ症の患者さんが「捨てることに心の痛みを感じる」と言っているのと、同じ構造です。
(つまり、心のためこみ症は、私たちの中で進行している)
このまま、心の財布が膨らみ続けると
ためこみ症の患者さんは、ものが増えすぎて、生活しづらくなります。 部屋の中に、新しいものを置く場所がなくなる。
心の財布も、同じです。
古いレシートで膨らみ続けると—— 新しい自己評価が、入る場所がなくなるんです。
「最近、〇〇ができるようになった」 「あの人は、私のことをこう言ってくれた」 「今日、ちょっとうれしかった」
こういう"新しいレシート"が入ってきても、保管する場所がないから、すぐ落ちていく。 覚えていられない。 気づいたら、自分の中には古い悪い評価ばかりが残っている。
(これ、私の話なんですけど、けっこうみんなの話でもあります)
そして、ここがいちばん怖いところなんですが——
ためこみ症の特徴に、「本人は病気だと気づきにくい」というのがあります。
つまり、私たちは、自分の心の財布が古いレシートでパンパンになっていることに、気づかないまま、何年も生きてしまう。
「自分はずっとダメな人間だ」と思い続けているけど、 それはたぶん、ダメなんじゃなくて、20年前のレシートを後生大事に持ち続けているだけかもしれません。
ためこみ症の治療法を、心に翻訳する
朝日新聞の記事には、原井クリニックの治療法が紹介されていました。
ふたつ、特に印象的なポイントがあります。
① 「ものを捨てるのは、習慣」
「ものを捨てるという行為は習慣なので、年末の大掃除のように『一度成功したら終わり』とはならない」
これ、心の話でも完全に同じです。
「過去の自分を、もう責めない」と一度決めても、また夜中に、同じレシートを取り出してしまう。 それは意志が弱いんじゃなくて、習慣がまだ入れ替わってないだけです。
捨てる回数を、増やすしかない。 今日も、明日も、あさっても。
② 「ためこむ行動を、別の行動に置き換える」
「スポーツをしたり、音楽を聴いたり、『ためこむ』行動をほかの行動に置き換えられるように環境調整することも、大事」
ここが、いちばん重要だと思いました。
「捨てる頑張り」じゃなくて、「ためこまない環境」を作る。
夜中に古いレシートを取り出してしまう自分を、責めても変わらない。 責めるんじゃなくて、夜中に取り出せない環境を作る方が、ずっと有効です。
具体的には——
寝る前にスマホを別の部屋に置く(昨夜の「夜勤」記事の話、覚えてますか)
走る、歩く、呼吸を整える、湯船に入る(5感が忙しいと、レシートを取り出す余裕がなくなる)
「過去のミス」を考えそうになったら、別の感覚(音楽、匂い、温度)に意識を向ける
これは、人間の意識の95%が無意識で動いているという、脳科学の話とも繋がります。 頭で「考えるな」と命令しても、無意識は止まらない。 でも、5感に新しい刺激が入ると、無意識のチャンネルが切り替わる。
(「気合いで忘れる」より、「環境で忘れる」)
ひとつだけ、頑張る方向を反転させる
最後にひとつ。
「古いレシートを捨てる」って、けっこう"頑張り"が必要に見えます。 でも、本当は逆です。
頑張って捨てるんじゃなくて—— 頑張って持ち続けてきたものを、ちょっとだけ手放すだけ。
20年前の友達の一言を、20年間ずっと持ち続けるのは、すごい労力です。 それは、けっこう頑張ってきた人だけができる芸当です。
(自分を責めてきた人は、ずっと頑張ってきた人です)
その頑張りの方向を、少しだけ、反転させてみる。
「忘れないように頑張る」から、「忘れていいんだ、と決める」へ。
それだけで、心の財布から、レシートが1枚、自然に滑り落ちていくかもしれません。
ためこみ症の患者さんが、集団治療で「捨てられた!」と言ったとき、ほかの参加者が「よかったね」と喜んでくれる、という話が、記事にありました。
その風景が、いいなと思いました。
ひとりで捨てられないものは、たぶん誰かと一緒なら、捨てられる。
あなたが、今夜、心の財布から取り出してもいいレシートは——
(あなたの心の財布の中、いちばん古いレシート、何ですか?
5年前?10年前?それとも、もっと前?
「○○年前」だけでもOK、「めっちゃ古い」でも、絵文字ひとつでもかまいません。
私から先に書いておきますね——10年前です。 当時の職場で、上司の前でやらかした失敗が、まだ財布の奥に折りたたまれて入っています。 取り出すと、その日の蛍光灯の白さまで、思い出せます。
たぶん、もうレジで使えないレシートです。 今夜、ちょっと手放してみようかなと思います)