『やさしさ迷惑11/100』

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学び
第11話
「任せたのは、誰ですか」

前話:優作は、佐伯に田辺案件の一次対応を任せた。口を出したくなる自分を抑え、佐伯が自分の言葉で立つのを見届けた。美月には「任せる側も、練習です」と言われた。

翌朝。

優作が出社すると、佐伯の席の周りだけ空気が重かった。

佐伯は画面を見たまま固まっている。
真壁は腕を組み、珍しく笑っていない。
美月も、少し離れた席からこちらを見ていた。

「……何かありました?」

優作が声をかけると、真壁が低い声で言った。

「田辺さんの件、ちょっとまずい」

優作の背中が固まる。

「まずい、って」

佐伯が小さく口を開く。

「昨日、僕が確認した内容なんですけど……」

声が震えていた。

「次回までに整理する資料の粒度を、“概要レベルで大丈夫”って受け取ってしまって」

「うん」

「でも、今朝田辺さんからメールが来て……」

佐伯は画面をこちらに向けた。

昨日の確認では、役員説明に使える程度の粒度でお願いした認識でした。
概要のみですと社内説明に不足する可能性があります。

優作はメールを読んで、息を止めた。

ズレている。

大きなズレではない。
でも、昨日せっかく戻しかけた信頼を、また少し揺らすには十分だった。

真壁が言う。

「佐伯くん、そこ確認したんだよね?」

佐伯の肩が小さく跳ねる。

「はい……確認したつもりでした」

“確認したつもり”

その言葉は、もう何度も聞いてきた。
でも今日は、いつもより痛い。

なぜなら今回は、佐伯に任せたのは優作だからだ。

真壁はため息をついた。

「だから言ったんだよ。田辺さんの件はまだ佐伯くんには早いって」

優作の胸に、嫌な熱が走った。

言った?
いつ?

真壁は続ける。

「中村くんが見てたんだよね?」

「はい」

「じゃあ、なんで止めなかったの」

その一言で、部屋の空気が少しだけ変わった。

佐伯がうつむく。
優作はすぐ答えようとして、言葉が詰まった。

止めなかった。

確かに、止めなかった。
昨日、佐伯が自分で対応できるように、横で見ていた。

でも、見落とした。
“粒度”という言葉の幅を、詰めきれなかった。

佐伯だけのミスじゃない。
でも、佐伯の顔は完全に「自分がやった」と言っていた。

優作は口を開く。

「すみません。そこは僕の確認不足でもあります」

真壁が少し強い声になる。

「でも一次対応したのは佐伯くんでしょ」

その瞬間、優作の中で何かが引っかかった。

それは、正しい。
でも、少し違う。

任せた相手が失敗した時、
一番やってはいけないのは、
“任せた”を理由に、その人だけを前に出すことだ。

失敗した瞬間に一人にされると、
人は“次は頑張ろう”ではなく、
“もう任されたくない”を覚えてしまう。

優作は、ゆっくり息を吸った。

「一次対応したのは佐伯です。
でも、任せる判断をしたのは僕たちです」

真壁が黙る。

優作は続けた。

「だから、佐伯だけの話にはしない方がいいです」

自分でも、少し強く言ったと思った。

でも、引けなかった。

美月が静かに立ち上がった。

「まず整理しましょう」

その声で、空気が少しだけ仕事に戻る。

「今回ズレたのは、“概要レベル”という言葉の受け取り方です。
佐伯くんは、全体像が伝わる程度。
田辺さんは、役員説明に使える程度。
同じ“概要”でも、基準が違います」

美月は佐伯を見る。

「佐伯くん、昨日の時点で“役員説明用ですか?”とは聞きましたか」

佐伯は小さく首を振る。

「聞いてません」

「中村さん」

「はい」

「横で聞いていて、そこは拾えましたか」

優作は、まっすぐ答えた。

「拾えてません」

真壁が少し気まずそうに視線を落とす。

美月は続ける。

「なら、これは佐伯くん一人のミスではありません。
任せた側の設計不足もあります」

その言葉が、会議室に落ちた。

佐伯の肩が、少しだけ動いた。

優作は佐伯の方を向く。

「佐伯」

「……はい」

「昨日の対応、全部ダメだったわけじゃない」

佐伯は顔を上げない。

「でも、ズレました」

「うん。ズレた」

そこはごまかさない。

「ただ、ズレた原因は“佐伯がダメだったから”じゃない。
“概要レベル”の基準を、こっちが詰めなかったからだ」

佐伯の目が少しだけ揺れる。

「でも、僕が聞いていれば」

「それもそう」

優作は頷いた。

「でも、俺も横にいた。任せた側として、そこを一緒に設計できてなかった」

佐伯は何も言わなかった。

優作は続けた。

「だから、今日やるのは犯人探しじゃない。
“次はどの言葉を詰めるか”を決めることだ」

美月が少しだけ優作を見る。

それは、たぶん同意だった。

真壁が腕をほどいた。

「……じゃあ、どう返す?」

優作は画面を見る。

田辺への返信。
ここでまた曖昧にすれば、終わる。

「まず、認識のズレを認めます。
その上で、“概要”の基準をこちらが確認しきれていなかったことを伝える」

美月が頷く。

「加えて、再提出する資料の粒度をこちらから具体化した方がいいです」

佐伯が小さく聞く。

「具体化、ですか」

優作は言う。

「例えば、
“役員説明に使える粒度として、目的・施策内容・想定効果・リスク・次アクションまでを1枚に整理します”
みたいに」

佐伯がメモを取る。

その手はまだ少し震えている。
でも、止まってはいない。

優作は、少しだけ安心した。

人は、責められると止まる。
でも、次に何をすればいいかが見えると、少しだけ動ける。

佐伯が文面を作る。

昨日の確認で、弊社側の「概要レベル」の認識が不足しておりました。
役員説明に使える粒度として、目的・施策内容・想定効果・リスク・次アクションを1枚に整理し、本日15時までに再送いたします。

佐伯が不安そうに聞く。

「これで、大丈夫ですか」

優作はすぐに「大丈夫」と言いかけて、止まった。

まただ。
ここで雑に安心させると、同じことになる。

「大丈夫、じゃなくて確認しよう」

佐伯が少し驚く。

優作は続ける。

「“役員説明に使える粒度”がこれで合っているか、田辺さんに先に確認する一文を入れよう」

美月が少しだけ口元をゆるめた。

佐伯はすぐに文を足した。

上記の粒度で認識が合っているか、念のためご確認いただけますでしょうか。

優作は頷く。

「うん。これなら、次のズレを先に止められる」

佐伯は、少しだけ息を吐いた。

メールを送って数分後。

田辺から返信が来た。

その粒度で問題ありません。
15時の再送をお待ちしています。

佐伯の顔に、ほんの少しだけ血が戻る。

真壁も小さく息を吐いた。

「……よかった」

優作は画面を見ながら言った。

「まだよくないです。15時までに出して、初めて戻ります」

真壁が苦笑する。

「最近、厳しくなったな」

「相沢さんに鍛えられてるので」

言ってから、少しだけしまったと思った。

美月がこちらを見る。

「人のせいにしないでください」

「はい」

でも、その声は少しだけやわらかかった。

15時。

佐伯が修正版を送る。
田辺からは短く、

ありがとうございます。こちらで社内共有します。

と返ってきた。

完璧ではない。
でも、崩れずに戻せた。

佐伯は椅子にもたれ、目を閉じた。

「……怖かったです」

優作は言う。

「俺も怖かった」

佐伯が少し笑う。

「中村さんもですか」

「任せた側も、普通に怖い」

その言葉に、佐伯は静かにうなずいた。

終業間際。

優作のチャットに、美月からメッセージが届く。

今日、佐伯くんを前に出しすぎず、隠しすぎずにいましたね

優作は少しだけ笑った。

かなりギリギリでした

すぐに既読。

それでいいと思います
任せるって、たぶんずっとギリギリです

優作は、その一文をしばらく見つめた。

任せるって、ずっとギリギリ。

手を出したくなる。
でも出しすぎたら奪う。
見守りたい。
でも放っておけば潰れる。

助けすぎれば奪ってしまう。
突き放せば潰してしまう。
任せる側は、その間でずっと迷う。

その間で、相手を信じる。

いや、信じるというより、
相手が自分を信じられる場所を守る。

優作はゆっくり息を吐いた。

帰り際。

佐伯が優作の席に来た。

「中村さん」

「ん?」

「今日、庇ってくれてありがとうございました」

優作は少し考えてから言った。

「庇ったんじゃない」

佐伯が顔を上げる。

「任せた責任を、戻しただけ」

佐伯は黙ったあと、小さく頭を下げた。

「……はい」

その返事は、昨日より少しだけ深かった。

優作はバッグを持って立ち上がる。

すると、少し離れたところで真壁が電話していた。

「いや、それは佐伯くんに任せてるんで——」

優作は足を止めた。

真壁は続ける。

「ただ、最初の確認項目は中村くんと見てます。そこは大丈夫です」

優作は、少しだけ目を伏せた。

人は、少しずつ変わる。
言葉の置き方が変われば、責任の置き方も変わる。

そう思った瞬間、スマホが震えた。

美月からだった。

中村さん
明日、少しだけ時間ありますか

優作は足を止める。

あります

送信してから、すぐにもう一通来た。

仕事の話です
たぶん

優作は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

たぶん。

その言葉は、仕事ではいちばん危ない。
でも今だけは、少しだけ続きを待ちたくなる言葉だった。

第12話へ続く。
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