同じ家にいるのに、遠いと感じる夜に

同じ家にいるのに、遠いと感じる夜に

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家族と同じ家に住んでいるのに、
今日は何を話したか思い出せない。

顔を合わせなかったわけではありません。
玄関の音も、部屋の明かりも、洗い物の気配も分かります。
ただ、言葉は交わしていない。

喧嘩をしているわけではありません。
嫌い合っているわけでもない。
それなのに、同じ屋根の下にいる人が遠い。

これは、人に話しにくい種類のしんどさだと思っています。
家族仲が悪いわけではないので、相談として成立しない気がしてしまう。
言えば「どこもそんなものだよ」で終わってしまいそうで、
飲み込む。

そして、遠くなったのは自分が冷たくなったからではないか、
と考え始めます。

私が育ったのは、祖父と母と、三人の家でした。

母は紡績会社に勤めていて、
二交代の勤務でした。夜に働く週と昼に働く週が入れ替わる。
家で母と顔を合わせるのは、月の半分くらいだったと思います。

子どもの頃は、それを寂しいと思っていませんでした。
それしか知らなかったからです。

寂しかったのだと分かったのは、
ずいぶん後になってからでした。
同時に、もうひとつ分かったことがあります。

母が冷たかったわけでも、
私が大事にされていなかったわけでもありませんでした。
ただ、二人の生活の時間帯が、重なっていなかった。

家族の距離は、気持ちより先に、時間と場所が決めています。

起きる時間が違う。
帰る時間が違う。
食べる場所が違う。
それだけで、一日に顔が合う回数は減ります。
回数が減れば、話しかけるきっかけも減る。
きっかけの少ない状態が何年か続くと、
私たちはそれを「関係が冷えた」と言ったりします。

呼び方を変えただけで、
中身は時間割の問題だったりね。

これが分かったところで、
勤務時間は変えられません。
家族の生活も、こちらの都合では動きません。
だから、今すぐ何かを直そうとしなくていいと思っています。

できることがあるとすれば、
一日のうちで家族と一度だけ顔が合う瞬間が、
どこにあるかを探しておくことくらいです。

朝、出かける前の数分でもいい。
洗面所ですれ違う一瞬でもかまいません。
会話にしようとしなくていいのです。
ただ、そこが合っている場所なのだと知っているだけで、
家の中の見え方は少し変わります。

それで会話が戻るわけではありません。
ただ、遠いのは自分のせいだ、という考えからは、
少し離れられます。

それでも、しんどい夜はあります。

そういう夜に、話す相手がいるかどうかは、
けっこう大きいです。誰かに一度声に出すだけで、
自分が何を寂しいと感じていたのか、
その輪郭が見えることがあります。

もし、身近にそういう相手が見つからないときは、
私でよければ聞きます。

うまくまとまっていなくて大丈夫です。
答えを出さなくても大丈夫です。
「家族と話していない気がする」から
始めてもらってかまいません。

あなたの家の中の距離が、少しでもやわらぎますように。

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